2018年03月09日

関東周辺をぐるり散策・新宿御苑の梅

イラスト_0677.jpg3月に入り、寒さも緩和され、気温が20度近くにまであがる予報に、気持ちが急に動き出す。部屋の窓から、青い空が美しく見え、あの懐かしい春の香りが部屋に漂う。瞬間、陽気な感情が湧きあがり、美術館巡りの続きをしょう〜と、私はカメラをリュックにいれ、爽快に新宿へと向かった。

「東郷青児記念美術館」は、1987年に巨匠ゴッホの「ひまわり」が常設展示のコレクションに加わり、以降、日本で唯一、ゴッホの「ひまわり」を見れる美術館として親しまれている。毎年、私はここでゴッホの「ひまわり」と並んで展示されているセザンヌ、ゴーギャンの絵を鑑賞している。それぞれ画家たちの三つの芸術が、偶然に並べられているが、この美術館で、素早くさまざまな顔が、印象派としてひとつにととのえられてるようで、観る人を惹きつける。偉大な画家が去った後も、花が、遠い国で見知った風景が、美への内部の高まりを永遠に告げる絵画に、感無量。

美術館は42階。都心が見渡せ、雄大な眺望も同時に楽しめるのも、この美術館の魅力の一つ。パチリパチリと高みから、レンズを通して表現することは、又違った私の楽しみの写真の世界。それでは開催中の「EACE展2018」へ入ろう〜。この展では、年齢、所属を問わず、真に力のある新進作家たちの作品が紹介されていた。確かに時代の感覚を捉えた、きらりと輝く斬新的な画風が多々あり、印象に残る芸術作品だった。

鑑賞後、JRの新宿駅の西から南へとぐるりと回り、新宿御苑へ向かった。陽気な気温に人々は動き出したのか、園内はカメラを抱えた人々が右往左往する梅林。私も喜んでみんなの目線の方向へ。曲がった道が、塔が、橋が、思いがけなく出くわす美しい風景に感嘆しながら・・・。

新宿御苑は、本来、信州高遠藩主・内藤家の下屋敷跡だった。その後、皇室庭園となり、観桜会や観菊会も開催されているが、日本庭園や玉藻池をはじめイギリス風景式庭園などに、約300本の紅白のウメが植栽されている。誠に麗しい。スイセン、カンザクラ、サクラ、ツバキも苑の花。冷え込みもだんだんやわらぎ、春らしい日差しが射す園内をゆっくり回りながら、吹く風に、流れる雲に、揺れる梢に、視線を合わせシャッターを。

ある日、先だって国立新美術館で印象派画家たちのコレクションを鑑賞した折、ゴーギャンの絵もばっちり眺めた。そこでシネマで、「ゴーギャン、タヒチ、楽園への旅」を観た。パリで作品が売れないゴーギャンは、絵画制作の場をタヒチにもとめ一人旅をする。彼が奥地の森へと分け入った時、黒髪の原始のイブに運命の出会いをする。新たなインスピレーションを得た彼の絵は、後年傑作の評価を得るが、恋は消滅していった。ういぃ〜、胸にぐっと来るゴーギャンの悲恋物語。

晴天の日が続き、開かれた窓から、うらうらと陽がさす光景に、今一度美術館と梅を観に行こうと気持ちが飛ぶ。田園都市線に乗り、用賀駅で下車。そこから10分ほど歩くと「世田谷美術館」に着くが、駅から砧(きぬた)公園までが、アート街道のよう〜。浅い水の流れを利用したオブジェなどが並び、緑とアートを一緒に楽しめる散歩道「用賀プロムナード」が続いている。梅林もあり、小さな公園もありで結構楽しめる。

恵まれた自然を存分に生かした、気持ち良い環境にある「世田谷美術館」は砧公園の一角にあり、その日は「ボストン美術館・パリジェンヌ展」が開催中だった。時代を映す女性たち、しなやかな時代をパリゼェンヌたちが、パリという魅力あふれる都市で生きる様々なスタイルが映しだされる。子を慈しむ母、流行を生み出すファツショ二スタ、画家や女優。その生き方には、今なお惹きつけられる魅力がある。ボストン美術館所蔵の約120点の作品を通して、20世紀のパリの女性の姿に触れたのだった。

展ではマネの大作(街の歌い手)、ルノワール、ドガ、ピカソなどの作品も展示され、華麗な時代に深みを持たせていた。輝け、輝けよ、パリジェンヌの傍らで・・・と美しい声も、姿も、何処からか吹く新しい風が、海を越え、パリジェンヌの本然の姿を変えていった・・・。
帰路、砧公園の満開の梅にうっとり。遠くではなく、ほんの身近で微笑む春の芽吹き、急に輝いたひと時を愛でたのだった。
 
        春の芽
    春の芽が山の畑に
    ふきのとうのつぼみも隅っこに
    白い花を咲かさんと
    首をもたげている
    かえるも眠りから目覚め
    草木が生い茂る美しい春
    みんな自然の成り立ちで見る夢は
    息を吹きだす花見月の淡い色    
    めぐりあえた花の命
    巡り会った人の縁
    みやびやかに命の芽は
    恵みとなってクローズアップ
    笑みを浮かべる春の芽


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東郷青児記念美術館」の42階から
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ゴッホ・ひまわり(複製)
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[東郷青児記念美術館]作品・ぶつかりあう風の形
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東郷青児記念美術館]作品・ふたつの海
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「東郷青児記念美術館」作品・ザ・ビューティフルデイ
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「東郷青児記念美術館」
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「東郷青児記念美術館」作品
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東郷青児記念美術館
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新宿御苑にて
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河津桜
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御苑レストランで・江戸前うどん
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渋谷文化村シネマ「ゴーギャン、タヒチ、楽園への旅」
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用賀駅から世田谷美術館への散策路にて
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用賀駅から世田谷美術館への散策路にて
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日本スイセン
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砧公園にて
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世田谷美術館
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華麗なローブ・ア・ラ・フランセーズ
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世田谷美術館
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2018年02月25日

関東周辺をぐるり散策・冬の美術館巡り

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2月、散策中、冬の並木道には誰もいない。寒さが感極まる色合いの公園の中へ、私はコートの襟もとをたてながら吸い込まれていく・・・。寒い庭の中でしばし佇むが、心は、冬枯れの風景を前にして一向に温まらない。そうだ、美術館巡りをしょう〜。今、この時期、私の心身がバラの花のように、紅い実のように熟れるため、深海の美術へもぐりこもう〜〜。

先ず、「戸栗美術館」で「古伊万里にみるうわぐすり展」を鑑賞。釉薬(うわぐすり)とは焼き物の表面をおおうガラス質の膜のこと。化学反応によって色や質感といった器の装飾性を高め、耐久性を付加することができる。江戸時代の伊万里焼では、主に透明釉、青磁釉(せいじゆう)、瑠璃釉(るりゆう)、銹釉(さびゆう)の4種の釉薬が使われ色や特性を生かし作られていた。絵付けをしない、釉薬のみで器の造形を引き立てていた江戸時代の色合いの素晴らしさにうっとり。古の美の万事はこれだった、これが風情ある美の根底の結末なのだ、と思えた。

次に、渋谷から徒歩10分ほどのところにある恵比寿神社にお詣しながら「山種美術館」へ向かう。神社を抜けると間もなく美術館に到着した。今年は、近代日本画の横山大観の生誕150年にあたるため、水墨画巻をはじめとする代表作など40点、加えて東山 魁夷(ひがしやま かいい)など東京画壇の精鋭たちの作品も合わせて展示されていた。さすが第一人者の作品は重厚で素晴らしい。

目黒川沿いにある「郷(さと)桜美術館」で「渡辺信喜の世界」の特別展を鑑賞。渡辺画伯は、「少年時代より四季折々の花木に出会い、慈愛の心で自然と親しみ、目に映る美しく感動するものをモチーフにし表現したい」とメッセージされる。繊細な桜模様、芙蓉、寒牡丹など、日本古来の伝統芸術の美に今の風が流れるような鮮明な美の世界であった。

「松濤美術館」で斎藤茂吉ー歌と書と絵の心」と題するサロン展へ。茂吉は医業のかたわら、近代日本文学史に残る歌集を数多く刊行したが、渋谷区にも縁が深く、道玄坂にあるうなぎ店「花菱」へもよく通ったそう。短歌のほか、造詣の深かった絵画や遺品など114点が展示されていた。

「目黒区美術館」で「ひろがる色と形」のコレクション展へ。展示は950−60年代の抽象表現からユニークな〈KAK〉によって制作された名品の数々、秋丘芳夫、河潤之助、金子至の三人三様の人となりや、生活者の視点から日本の工業デザイン集団の仕事現場の写真など、多様な技法や制作が紹介されていた。目黒区美術館では、近現代美術の流れなど、様々な角度から焦点をあて、特徴ある構成の展覧会が多い。

「ルドルフ2世の驚異の世界展」を渋谷文化村・ザ・ミュージアムで鑑賞。神聖ローマ帝国皇帝として君臨したハプスブルク家のルドルフ2世は、究極の趣味人として名を馳せる。16世紀〜17世紀初頭、彼の宮廷には世界各地から芸術作品、科学機器、創作物、自然物などの膨大なコレクションが集められ、まさに「驚異の部屋」と呼ばれた。絵画約80点、工芸品や天文道具約120点、天文学や錬金術に関する資料120点余りの作品で構成。まさに、皇帝魔術的な魅力に満ちた芸術と科学の世界へ踏み込んだかのよう。うおぉ〜、再びブ「リュ―ゲルのバベルの塔」も観れたよ!

日本民芸館で「棟方志功と柳宗悦」展を鑑賞。棟方志功の版画は、今までにもしばしば目に触れているが、今回の展は、病床にあった柳を励ますため作られた作品など、いわば師弟愛、棟方志功の深い信仰心が表現されていた。名を残すことよりも作品そのものが輝く仕事をすること。この柳の民芸思想は、棟方に大転換をもたらす。柳の言葉から生まれ、柳が好んだとされる棟方作品は、心が振るう故郷の色あいだった。

スイスのビューレルがすべて一人で集めた印象派画家たちのコレクションが「国立新美術館」であった。印象派の世界中の美術フアンが注目するだけあり質も高い。ルノワールの「かわいいイレーヌ」、セザンヌの「赤い提灯少年」、モネの「睡蓮の池・緑の反映」など印象派の作品を中心に64点の名作がずらり〜、まさに至上の印象派展だった。私の好きなゴッホ、マネ、ゴーギャン、ピカソなどの作品に、高さ2m、横4mのクロードモネの蓮の池の大画面に魅了。そうそ、「ゴーギャン タヒチ 楽園への旅」がシネマで上映中。見に行きた〜い。

目黒駅から7分のところに「庭園美術館」「自然教育園」がある。二月下旬、春めいた日和につられカメラをかかえわくわくと・・・このワクワク感、久しぶり。先ず、庭園美術館で「流転する装飾展」へ。カメラOK。装飾は人類と共にあり、時代とともにまた新しい意味を伴い変化を繰り返してきた。会場には7組のアーチストたちが装飾デザインで「今」を語る。様々な文化圏の模様から、そこに住む人たちの生活や性格を想像した絵画もあり、バラエティに富む。会場には若い美大生もグループで訪れ、鑑賞。その魅入る姿に春の色合いと香りが流れていた。その後、美術館の庭園をそぞろ歩く。満開の紅梅が、まだ冬の光景が残る池のほとりで、春への空間を独り占めしてるかのように光っていた。

自然教育園は美術館の隣り。小道に小鳥の鳴き声が響く。自然の中で歌う小鳥の歌には、街中とは、別な息吹を感じる。静寂の息吹、すべての生きものが、なにも求めない息吹、自然の中では真実の息吹が感じられる。福寿草、セツブンソウ、ユキワリイチゲ、ヤブ椿、マンサク、フキを見つけて嬉しい溜め息。やっと大地に春が来たのです。
             
       うす曇の空にも立春の光      

       代々木公園の梅の木
       つぼみは未だ固い
       うす曇の空に広がる落葉樹の枝のように
       暖かな春の光を静かに待っている

       やがて青空が広がる
       新芽とともに梅の開花が
       春を感じる陽光が公園一杯に満ちる

       森の空気も景色も移り
       人の気持ちもかわり
       穏やかな眼差しは空間に向けられ
       今、新しい夢を梅の花に重ねる


180220_東京庭園美術館_080_s.jpg庭園美術館
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庭園美術館の展示物
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庭園美術館
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戸栗美術館
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山種美術館
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東山 魁夷(ひがしやま かいい)作品
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郷桜美術館
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目黒区美術館
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ザ・ミュージアム
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日本民芸館
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国立新美術館

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ゴーギャン(絵葉書より)
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自然教育園
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むくの木
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江戸時代・松平讃岐守の下屋敷の面影を残す。(物語の木)
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福寿草

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セツブンソウ
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ユキワリイチゲ
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ヤブ椿
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マンサクの木の下で
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2018年02月03日

関東周辺をぐるりと散策・東京の冬景色


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1月中旬以降、冬の寒さが底なし状態となり、どんよりとした空気が灰色の空に広がっていた。そのうえ、我がマンションの修復工事中で建物全体がすっぽりネットで覆われなお暗い。これじゃ気分も上がらないと呟きの日々。そんなある日、大阪の友人から一通の案内状が届いた。イタリア文化会館で開催される「知恵と芸術の女神アテナ・オリーブ・アートレベル展」へ参加してるので、のぞいて見てください。」と。短歌に卓越した感性の持ち主である彼女とは20代からのお付き合い。ちと寒いけど行ってみよう〜と地下鉄で九段下駅へ。会場は北の丸公園の近くだった。

靖国神社の鳥居を見つめながら牛が淵のお堀端を10分ほど歩くと、イタリア文化会館に着いた。会場内中央にイタリアワインがびっしり並んでいる。さすがワイン王国!と感じ入りながら、びっしり並んだ作品の数々を観て回る。「おお、見つけた!彼女の短歌」。詠めばさすがにうまいと感嘆しきり。
   「握られし 指より温かみ 伝わりて 孫の受け継ぐ 命確かむ」
友人の短歌の歴史はいつごろか?多分、長年にわたるご主人の介護を始められたころかもしれない。なぜなら労を惜しまず尽くされていたから、愛と祈りのつぶやきは内部の大きな輝きとなっていたにちがいない。ご主人が他界された後も、創作意欲は遠のくことなく続いている。友人の信念と優しさに頭の下がる思い。

帰路、田安門(たやすもん)をくぐり、北の丸公園を散策。冬風景の中に咲く椿や水仙の春の色と香りにほっとする。千代田区北の丸公園内にある田安門は、唯一残存している江戸城の建築物で、昭和36年に「旧江戸城田安門」として国の重要文化財に指定されている。

1月中旬、東京文化村でシネマ「マノロ・ブラニク」を観た。世界中の女性を夢中にさせる「魔法の靴」を創作するマノロ・ブラニクの魅力と、華麗なる手仕事に迫るフアッション・ドキュメンタリーだった。ユーモアいっぱい、チャーミングな素顔、パーフェクトシューズを生みだす一風変わった思考プロセスに、天才マノロ・ブラニクの魅力の秘密が隠されていた。確かに、靴はフアッションのなかでは一番底辺で地球と接している。華やかな靴にすべての引力を集中させステップすれば、宇宙への跳躍が始まるのかもしれない。が、今の私は、履きよさ重視。まあ、今一度、華やかな靴を履いたつもりで軽やかにステップ、ステップしょう・・・

1月下旬、千葉の友人と上野公園でランチを楽しんだ後、東京都美術館で「ブリュゲル展へ」を鑑賞。16世紀を代表する画家ピーテル・ブリューゲル1世に始まり、150年にわたって画家を生み出したブリューゲル一族の風景、風俗、静物など絵画100点により構成されていた。ピーテル・ブリューゲルはルネサンス後期の代表的な油彩画家で、日常的な農村の風景と農民の姿を、優しいまなざしでキャンバスに描き、「農民ブリューゲル」とも呼ばれた。

実は昨年、24年ぶりに開催された ブリューゲル「バベルの塔」展を鑑賞していた。日時計がたち、今の時を生きる者には、大迫力のブリューゲル「バベルの塔」は、奇想天外な物語に思えたが、強大なパネルに驚きつつ、空想の迫力に圧倒された。とても興味ある塔だったので、少し調べてみた。旧約聖書「創世記」の11章の抜粋によると・・・
     
       「旧約聖書・バべルの塔物語」 
 世界中は同じ言葉を使って、同じように話していた。(ひとびとは)「さあ、天まで届く塔のある町を建て、有名になろう。と言った。」主はこの町を見て、「彼らは一つの民で、皆一つの言葉で話しているから、このようなことをし始めたのだ。」  (中略)「ただちに彼らの言葉を混乱させ、お互いの言葉が聞き分けられぬようにしてしまおう」と、主は彼らをそこから全地域に分散したので、彼らはこの町の建設をやめた。」と、あった。

白い風景が広がる日々、吉野厳三郎作の「君たちはどう生きるか」を読書。主人公のコぺル君は、「すべての人がお互いに良い友達であるような、そういいう世の中が来なければいけない。そして、それに役立つような人間になりたい」と考える。名著は、貧困、いじめ、勇気、学問などのテーマに、我々はどう向き合うべきか?どう生きるか?と、人間としてあるべき姿を問うていた。

1月22日、大雪が降った。東京では5pの積雪でも大騒ぎとなるが、20pも積もったのだからこれは大変と、街角の小さな.雪だるまを見やりながらため息をつく。が、2月初め、又、雪日となった。今回は積もることなくうっすらの雪化粧。京都の友人から、東京の雪景色はいかが?と聞かれたので、近くにある西郷山公園に散策に出かけた。

公園名の由来は、この土地は旧西郷邸(西郷隆盛の弟で明治期の政治家・軍人であった西郷従道(じゅうどう)の敷地で、公園は台地の斜面を利用してつくられたことから、いつしか人々はこの一帯を「西郷山」と呼ぶようになった。公園内には、ゆるやかな坂道の園路や展望台が設けられ、冬のよく晴れた日には遠くの富士山も望める。坂を下ると、菅刈公(すげかり)公園があり、その一角に、かつての所有者・西郷従道に関する資料の展示館や庭園がある。

明治7年、西郷従道はこの土地を購入し、美しい洋館や書院(和室)を建て、和洋折衷の庭園を造った。「東都一の名園」とも言われた庭園と邸宅には、明治天皇も訪れられ、華やかな社交の舞台となっていた。平成9年、目黒区の調査で、貴重な石組みなどの遺構がうずもれているのがわかり、平成13年、歴史と自然を伝える菅刈復原庭園として開園された。

梅が咲きほころぶ庭園内を歩き、かって存在していた西郷家の和館で資料を見る。過ぎ去ってしまった年の暦のように江戸、明治時代が放置されることなく、公園として多くの人に愛されている西郷家の面影。今、テレビで「西郷どん」を楽しんでいる私には興味深い訪問となった。

      富士に春雪降る
   春雪に木も家も真っ白
   新芽も大地に閉じ込められ
   小鳥が寒そうに飛び交う
   雪で垂れ下がった木も重そうに
   日が高くなるのを待っている

   やがて溶け出す軽い雪
   私は思わず安堵の小声をもらす
   遠回りしながら温泉に向かう
   音なしの湯は身と心をほぐし
   湯煙の向こうの白い富士眺める
   昨日の富士はくっきり美しく
   絵はがきと同じ姿であった

   幼時に描いた空色クレヨンの空
   懐かしい色合いに郷愁を感じ
   透明の湯船で眺めた
   雪の岩風呂に冷身を沈め
   眺める景色は数本の赤松
   沈黙に覆われた松ぽっくり
   数を目で追う枝先に微風が流れる

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千代田区・北の丸公園
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安田門
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楼門
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牛が淵
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「知恵と芸術の女神アテナ・オリーブ・アートレベル展
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北の丸公園内で
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椿
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上野公園内で
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東京都美術館前で
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「ブリュゲル展」の農民の踊りに私も入る
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「バベルの塔」
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シネマ・「マノロ・ブラニク」
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菅刈公園・西郷家の旧敷地
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西郷家の和館
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西郷従道
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洋館の跡地
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発掘物
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西郷家の書物
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庭園内
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カンザクラ
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2018年01月07日

関東周辺をぐるり散策・明治神宮〜小田原城


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明るい新年を迎えた元旦、早速、明治神宮へ初詣。明治神宮のシンボルともいえる大きな鳥居をくぐり、清々しい空気が満ちる神楽殿前へと向かった。明治神宮は明治天皇と昭憲皇太后を祭神とする神社で、神楽殿では厳かな神楽が奉納される。多くの参拝客は、家内安全、身体安全祈願、厄祓い、合格祈願など、もろもろの願いを携え訪れる。

明治神宮の由来は、明治45年7月30日に明治天皇さま、大正3年4月11日に昭憲皇太后さまが崩御になり、御神霊をおまつりしたいとの国民の熱意により、大正9年11月1日両御祭神と特に縁の深い代々木の地に御鎮座となり、明治神宮が創建された。

先人たちのおかげで大都心の真ん中に緑が生い茂る永遠の杜、かっては荒れ地のような畑の景観が続いていた所に、大正4年から「永遠の森」の壮大な造営工事が始まり神社が造られた。そこには先人たちの祈りと、想いに応えようとする人々の未来への希望が積み重ねられている。
参道わきに酒樽やブルゴーニュからワインが奉納されているが、これは明治天皇が日本酒やワインに造詣が深く、「よきをとり あしきをすてて 外国に おとらぬ国と なすよしもがな」という歌を詠んでおられるように洋食を召し上がり、ぶどう酒を好まれた由縁から。

明治神宮は2020年に100周年を迎えるが、今年は明治維新150年になる。神宮の入口に明治天皇御製、「をりにふれたる」が詠まれている。  
「いにしへの 御代の教えにもとづきて ひらけゆく世に たたむとぞ思ふ」

正月の二日目は地元の氷川神社にお詣りし、三日目、小田原城へ向かった。各停電車に揺られながら東海道の穏やかな風に吹かれなが車窓風景を眺めていると、突如、冠雪の富士山がクローズアップ。これはラッキー!と胸が高鳴る。小田原は箱根駅伝の中継地で、1月3日は復路として芦ノ湖〜小田原(20.8km)の山下りのランナーが次なる仲間に夢をたくす地でもある。熱い風を感じながら小田原駅に降り立ち小田原城此公園へと向かった。穏やかな日和ながら風はやや冷たく、梅の花のふくらみは今一つだが一輪、一輪に陽が射す光景に春のほころびを感じつつ・・・

お堀端にかかる赤い「まなび橋」からカモメを眺め、ほっとするひと時に暖かな風土を再確認する。そう、この地には暖かい風が流れてくるのだろうか?「馬出(うまだし)門土橋」を渡り公園内へ。「馬出門」は馬の出口門で、土塀で周囲が囲まれている。銅門(あかかねもん)の二階に登り格子戸から城の天守閣を見つめた。二年前、修復工事が終わり、真っ白で優雅な天守閣が再現した。かって失われた栄華が未来へとつながるような風格があった。

小田原城は、15世紀半ごろに大森氏が築いた城で、北条早雲に始まり、小田原北条氏の本拠となってから、関東支配の拠点として整備された。後、豊臣秀吉との小田原合戦を前に周囲9km.に及ぶ城郭を構築。北条氏滅亡後、徳川家康家臣、大久保氏が城主となった。その後、稲葉氏が城主になるが、明治維新を向かえ、明治3年に小田原城は解体、売却され、大正12年に小田原市へ払い下げられた。・・・と城主が変わる小田原城だが、特に印象に残る歴史場面は豊臣秀吉軍との合戦である。

それにしても豊臣秀吉の戦術はさすがと思う。22万の兵士を繰り出し、北条氏の6万と戦ったのだから勝利も当然だが、頑強な小田原城を開城させるにはそれなりに知恵がいった。それは、小田原方から気付かれないように小田原城側の山の木を伐採せず、大方出来上がった段階で木を伐採し、あたかも一夜にして城が出来上がったかのように見せかけ築城した一夜城「石垣山城」であった。この城で北条氏も「もうこれまで」と敗戦を余儀なくさせられ、早雲、氏綱、氏康、氏政、氏直と五代にわたり続いた北条氏が、秀吉の大群を前に屈した。

小田原城や北条氏の歴史を垣間見ながら天守閣へ登ると、絶景が待っていた。エッサエッサと151段の階段を登ってきた甲斐があった。秀吉が築いた一夜城方面を眺め感無量。遠景に目をやると、東に三浦半島、江の島。北に丹沢。西に箱根。南に真鶴半島、伊豆半島が海の向かうで青く、深く光っていた。歴史の内部をのぞみこみ、海、山の香りを吸ううちに、いったい何処に私は立っているのだろう?と、ふと時代の混ざり合いに笑みたくなった。帰路、小田原の偉人、二宮尊徳翁をお祀りしている二宮尊徳神社をお参りし、清々しい気持ちで春まじかの小田原を後にした。     
        
       梅一輪、咲きました

    あなたからの便りを読み
    心のこもった返事を読み
    梅の花を一緒にみたいと読み
    すぐに飛んでいきたいと読み
    でも、今はいけないと読みました。
    ほら、明るい顔、
    輝く顔には明日への幸せがやってくる
    未来への希望もやってくる
    今日、梅一輪が咲きはじめ
    明日、一輪と春が連なりやってくる

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明治神宮
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ツアーで参拝
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小田原行きの車窓から
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小田原駅で
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小田原城のお堀
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まなび橋
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二の丸隅櫓
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小田原城・馬出し門
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銅門(あかがねもん)
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銅門の二階
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銅門の階上からの眺め
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小田原城天守閣
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天守閣への階段
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常盤木門
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一位大阪城天守閣。二位名古屋城、三位島原城、四位熊本城、五位姫路城、六位小倉城、七位小田原城
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天守閣内の展示物
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いざ出陣・・・
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天守閣からの眺望
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真鶴半島
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水平線に大島
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城址公園内で
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魚のすりつぶしといもの練り合わせ・じねんじょ棒
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本丸茶屋・北条うどん(小田原のかまぼこ、うめぼし入り)
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蝋梅
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紅梅
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水仙
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天守閣前で
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二宮尊徳
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二宮神社本殿
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ビャクシン(小田原市指定天然記念物)
posted by 森 すえ at 12:21| Comment(10) | お出かけ・旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年12月03日

関東周辺をぐるり散策・東大本郷の銀杏並木

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東京の紅葉の時期は過ぎ去りつつあるが、東京大学本郷キャンバスの銀杏はこれからが本番って感じ。それでは今秋の紅葉狩の終わりを東大で楽しもうと思い立つ。地下鉄本郷三丁目で下車し、東大へ向かう道すがらの銀杏を眺めると、ややっ!日の当たるところは黄色、反対側は黄緑と、色模様がはっきりしない。あれれ?東大の銀杏並木はどうだろうかな?と、ちょっぴりワクワク、ソワソワしながら赤門前へ。

赤門前で一呼吸。この朱塗りの赤門は、文政10年(西暦1827年)加賀藩主・前田斎泰に嫁いだ11代将軍・徳川宗斎の息女の溶姫のために建てられた御守殿門であり、重要文化財に指定されている。本郷キャンパスはもともと加賀藩前田家の大名屋敷であり、三四郎池と並んで、赤門も古の面影をそのまま残しており、現在でも門という形で使われている。

東大と言えば赤門、赤門と言えば東大と言われるほど有名な赤門をくぐり構内へ。さあ、銀杏並木を撮ろうと見れば、黄金色が古い建物を覆うように輝いている。ああ〜よかったと、あちこちの銀杏に目を向けながら一軒の店舗へ入る。東京大学キャンパス内には、いくつかの店舗があるが、「究Q室のヨーグルト」と名の店もその一つ。ヨーグルトの売り上げの一部を「教育活動支援」として寄付し、児童の健康に役立てている。私もヨーグルトを食べてみたい〜。

ややっ、鮮やかな黄金色に染まった銀杏並木が目に飛び込んだ。ああ、銀杏よ!私たちの傍らに耀けよ!だってどんなにか期待を持って訪れたことか。青空に広がる銀杏の黄葉、年輪を重ねる大木の黄葉、赤レンガに溶け合う黄葉、すべては秋の光景。何度も眺める風景ながら一向に飽きないのは、黄葉に青春の面影が投影されてるからかもね。

安田講堂の地下にあるレストランはただ今改装中。そこで法科の地下のレストランで「キャンバス定食540円」を。はい、安い昼食に満足しながら三四郎池へと向かった。古のなつかしい香りが今も漂う池に、逆さ紅葉の一葉一葉、池へと落下する光景の輝きに晩秋を感じながら東大を後に。

12月初旬、渋谷文化村シネマで「ロダン」を鑑賞。この映画は「考える人」で名高いオーギュスト・ロダンの没後100年の記念作品だが、「創った。愛した。それが人生だった。」とロダンが語るごとく、恋人カミュ―との人生が基軸だった。お互いに惹かれあい、激しく愛し合いながらも別れていった悲恋物語だったが、ロダンが創り上げた傑作の数々は、この愛と苦悩の日々のなかで生まれたのだった。

印象的な映画であったが、特に最後の映像「バルザック像の周りで日本の子どもたちが遊ぶ」場面が心を豊かにした。実は「ロダン」を観たかった理由がもう一つあった。先日、観た「ル・コルビュジェとアイリーン追憶のビィラ」の映画の余韻が残っていたから。というのは、ル・コルビュジェが設計した上野の国立西洋美術館には、ロダンの彫刻が数多く展示されてるので、西洋美術館とロダンとの関係は?と興味津々だった。調べてみると、国立西洋美術館の展示は主に、川崎造船所の初代社長であった松方幸次郎が、1916年から約10年間に ヨーロッパ各地で収集したコレクションの収蔵分で、その中にロダンの彫刻も含まれていたってことだった。

では、何故に国立西洋美術館に展示されているのかというと、実は、第二次世界大戦中、フランス国内に保管していた松方コレクションの一部がフランス政府に差し押さえられていた。そこで、終戦後、吉田茂首相が返還交渉をした。フランス政府の返還条件は、松方コレクションを展示するための美術館の建設だった。日本政府は美術館の設計を建築家、ル・コルビュジエに依頼し、やがて西洋美術館の誕生へと・・・。

それでは今一度、ロダン彫刻を愛を持って見つめよう〜と「地獄の門」の前に立った。地獄の門の上のほうに座っている小さい「考える人」を間近で見つめ、なるほどと感慨深い。そして「地獄の門」の考える人を原型にして造られた大きなサイズの「考える人」をも観た。細目で観たり、どんぐり目で観たりと、いやはや少し目が回り、私も「考える人」になりそう・・・。

折しも「地獄の門への道―ロダン素描集」も展示中だった。ロダンは「地獄の門」の制作のため、大量のデッサンを手がける中、責苦に喘ぐ死者、空中を跳梁する悪魔など、ロダンの想像力は紙の上で幻想の世界を生み出す。ロダンの生の苦悩と輝きが混然となった「地獄の門」の素描はこうして残されていった。

上野公園の銀杏も黄金色だったが、街中に近づくにつれ、クリスマスツリーの輝く色合いへと移り、木の枝を透かす金色の時も過ぎつつあるようだった。パンダの赤ちゃんのご披露ももうすぐ。らら、上野の森に楽しいクリスマスがやってくる・・・。(クリスマス童話を12月24日、25に掲載します)

        らら、クリスマスイブ
    どんなに楽しくても時は去る
    どんなに悲しくても時は来る
    らら、クリスマスイブは貴方のイブ
    神様が近くでささやかれる夜

    むなしく生きる日々
    人生に疑問を抱く日々
    苦しさだけが感じられる日々
    らら、クリスマスイブは貴方のイブ
    神様が近くでささやかれる夜

    人の命ははかなく、短い
    振り向くと過去が線となり、
    未来は未知数の点のよう
    らら、クリスマスイブは貴方のイブ
    神様が近くでささやかれる夜

    地球にいろんな悲しみがあり
    いろんな楽しさがあり
    いろんな喜びがある
    らら、クリスマスイブは貴方のイブ
    神様が近くでささやかれる夜

    魂の開放に感謝する日
    夢をいっぱいお願いする日
    らら、クリスマスイブはすべてを包む
    神様が近くでささやかれる夜
   

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本郷キャンパスの赤門
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安田講堂

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三四郎池
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キャンパス定食
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映画・ロダン
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国立西洋美術館のロダン作
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地獄の門
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地獄の門の上層部分の考える人
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ロダンの考える人
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地獄の門への道―ロダン素描集展
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地獄の門のマケット(第三構想)
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バルザック習作
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バルザック習作(上部の拡大)

このブロンズ像はパリのラスパイユ大通りに立つ像の習作。公開されたとき「ジャガイモの袋をかぶせた」ようだと嘲笑される。「どうしてあの部屋着がいけないのか?これは幻影を追いかけ狂おしく歩きまわる文豪の着ていたものではないか。」とロダンの失望と憤りは大きかった。ロダンの着想は、生前理解されなかったがやがてロダンの栄誉となった。
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作・勧告
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西洋美術館前庭の彫刻・地獄の門

posted by 森 すえ at 11:56| Comment(14) | お出かけ・旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする