2017年03月26日

奈良〜京都への旅(その2)奈良・長谷寺

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室生寺から一山超えたところに長谷寺があった。長谷寺は、道明上人が天武天皇のために「銅板法華説相図」を西の岡に安置したことに始まり、後、徳道上人が聖武天皇のため、十一面観音菩薩を東の岡にお祀りし、西国三十三か所観音霊場を開かれた。長谷寺はその根本道場と長谷信仰が広まり、西国三十三番第八番札所として知られ、四季を通じて「花の御寺」として有名。

駅に降り立つと下りの石段が待っていた。やれやれ、何段あるんだろう?なんて言いながら観音さまご縁みちへと向かった。門前通りには古都の雰囲気を醸す店が並んでいる。和菓子、梅干し、奈良・・・みな郷土の味。あっちこっちを見ながら長谷寺に到着。参拝入山の受付で「建物のどこかに猪目(いのめ)のハート型がありますから見つけてください」と言われ、、魔除けや招福の意味を持つ「幸せの猪目」カードを頂く。長谷寺の建築にもたくさん隠れているとか。見つけられるかな?。

仁王門から長谷寺名物の屋根のついた登廊(のぼりろう)へと。登廊は、平安時代に春日大社の社司が子の病気平癒に造ったもので、399段、上中下の三廊に分かれている。下と中は明治27年の再建で、風雅な長谷型灯籠がつるされている。階段を登りながら108の煩悩を落としてゆき、上り400段目、四(死)を越えたところで本尊の十一面観音様にお会いすると言われる。さあ、本堂へお参りをしょう。

 「人はいさ心もしらず故郷は花ぞ昔の香ににほひける」紀 貫之
 「我もけさ 清僧の部也 梅の花 」小林一茶
 「花の寺 末寺一念 三千寺 」 高浜虚子
と詠まれたごとく長谷寺は花の寺として信仰もあついが、早春の今、登廊の脇に梅や牡丹が咲いている。牡丹は1000年以上も昔、唐の皇帝夫人が観音さまの霊験をいただいた御礼にと長谷寺に宝物に添え、苗木を寄進したことに端を発しているが、藁をかぶった牡丹はやはり美しく、福寿草とともに柔らかな雰囲気を醸しだしていた。

399段の登廊を終え400段を踏み本堂へお詣り。本堂は断崖絶壁に舞台造りされた南面の大殿堂。厳かな雰囲気の内陣に佇む。12b以上あり、木彫りでは日本で一番大きな十一面観音菩薩さまを拝顔したあと、舞台へとまわり今一度、本堂を見つめる。霊験あらたかな観音さまのお陰で、私自身の本然の姿をみつめながら、これからも揺れる運命を大きく乗り越えられそうな・・・と私は思った。

本堂から大黒堂へ。そして開山堂、弘法大師御影堂、本長谷寺、五重塔へと回る。五重塔は昭和29年に初めて建てられた「昭和名答」と言われ、純和風様式の整った形の塔。起伏に富んだ境内の奥地にある奥の院へと回り、本坊から正門前へと戻る。その後、食事処を探しながら長谷路を歩いた。やや、この蕎麦処がいい!!

その店は古家の奥にあり、昔のままの部屋造りだった。部屋の一角にテーブルが置かれ、周りに絵画や、陶器などが無造作に展示されている。この家は国の有形文化財に登録されており、昭和初期の状態で保存されており、土蔵が「版画土蔵館」となっていた。私たちはニシン蕎麦を美味しくいただいた後、版画土蔵館を見学する。谷中安規・棟方志功・大野隆司、宮ア 敬介の版画が展示されていた。

ご主人の話によると、谷中安規は、明治30年、奈良県桜井に生まれ、少年時代をこの地で過ごした。18才で僧侶修行後、26才から版画画家を志すようになり、堀口大学、与謝野晶子、佐藤春夫、内田百聞、棟方志功などと交流を深め、本格的な版画家を目指すも、昭和21年、東京にて栄養失調のため病死しその生涯を終える。写真を眺めると太宰治に似てると思えた。故郷の大気の中で輝き、静かな情熱を燃やした郷土の芸術家に魅力を感じた。版画土蔵館での写真は禁止だが、ご主人のご厚意でシャッターも自由自在。ラッキーと薄暗い土蔵で気分は明るかった。

長谷寺で沈黙をしながらも楽しい参拝に大いに満足したが、さらに版画土蔵館での芸術に触れたひと時で、深い感動を秘めた忘れがたい思い出となった。再び石段を登り長谷寺駅へと向かう。起伏に富んだ土地ゆえ坂道が多かった。この石段をどれだけ登ったら、目指す頂きにつくのだろう〜と一歩一歩。まあ、これもありがたいことと、長谷とお別れをした。再び電車に乗り京都へと向かった。明日は、伏見稲荷神社参りをしょうと、どきどき、わくわくしながら・・・・。

               どきどき、わくわく

     ほら、聞こえるかしら?
     大和路でのわたしの鼓動
     どきどき わくわく
     そよ風に混じって震える鼓動
     らら、つぶやきの反響かしら?

     どきどき わくわく
     ほら、車中に素敵な笑顔の面々
     私に手を振るおばあちゃん
     どきどき わくわく
     らら、私の喜びがわかるのかな?
          
     どきどき わくわく
     青空に舞った謎の鳥
     らら、お寺に咲く花々も
     どきどき、わきわく
     つぶやきが反響する古都の春
      

イラスト_0718_s.jpg幸せの猪目(いのめ)
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門前徹りの古民家
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店先の飾り付け
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長谷寺の正面
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普門院不動
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登廊(のぼりろう)
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月輪院
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幸せの猪目が・・・
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牡丹の花

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福寿草
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幸せの猪目
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本堂
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本堂の舞台からの眺め
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開山堂
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本長谷寺
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五重塔
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奥の院への路
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奥の院から本堂を眺める
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法起院
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蕎麦処・国の有形文化財に登録されている古民家
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家の庭
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版画土蔵館
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谷中安規の版画

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棟方志功の版画
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大野隆の版画
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宮ア 敬介の版画
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posted by 森 すえ at 08:50| Comment(11) | お出かけ・旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月19日

奈良〜京都への旅(その1)奈良・室生寺

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 2月末、アメリカに住んでいる娘が日本へ半月あまり帰国することになった。自動車免許証更新のためであるが、私にとっては娘と一緒におれるのはとても嬉しい。娘はどこかに行きたいところはない?と聞いたので、私は「奈良の室生寺」に行きたいなあ〜と答えた。

 室生寺は、昔から神々の座ます聖地と仰がれてきた奥深い山と渓谷に囲まれた地に、奈良時代末期、桓武天皇の御病気平癒の祈願のために創設された。仏教界の指導僧の修円が建立の実務者だったことから、以来室生寺は、山林修業の寺院として、独自の仏教文化をを継承した。又、渓流は竜神の信仰を生み、雨乞いの祈願も度々行われてきた。

 何よりも「女人高野」として名高いこの寺は高野山と同じ真言宗に属しているが、古くから女人の入山を許してきた。境内には本堂、金堂、五重塔、多くの伽藍・釈迦如来像、十一面観音など国宝重文が残っている。

 3月3日、晴天。新幹線で京都へ向かう車中から雄々しき富士山を仰ぎ、二人旅の無事を祈る。さあ、奈良へ行こう〜、懐かしい奈良の地を踏むのは何年ぶりかな?と故郷への郷愁を募らせる。娘は奈良の大学に6年間在していたので、私は時おり奈良を訪ねては古都の雰囲気に浸っていた。おお、懐かしや!

 京都駅で近鉄京都線に乗り換え「室生寺大野」で下車。タクシーで室生寺の橋のたもとにある旅館「橋本屋」へと向かった。純和風の宿は川沿いにあり、私たちの部屋から室生川のせせらぎが聞こえ、風景は絵のごとく美しかった。一服後、心弾ませながら室生寺へ。

 室生寺の魅力は、自然と調和して四季折々に移ろう伽藍のたたずまいの美しさ。間もなくシャクナゲの花の季節。多くの人々が麗しく風景に魅せられるだろうが、早春の今は梅のほころび、新緑が水の流れを優しく包んでいる。人気もまばらな境内を歩きながら、まあ、ゆっくりと回れるからこれも素敵ね、と本堂、弥勒堂、五重塔そして奥の院へと向かう。

 奥の院への石段は720段。ゆっくりと長い石段を心のリフレッシュをしながらリズミカルに登る途中、「ご一腹を」と水飲み場がある。優しい心配りが嬉しい。うぃぃ〜と清らかな自然水をグイッ。古来、心のリセットには「滝打ちの行」や「禅」などが行われているが、石段登りはさらに高い効果があるよう。神社や寺院を高い山の上に建てられたのは、参拝者の心の浄化を考えた先人のすばらしい知恵なのかもしれない。

 奥の院でお詣り。ああ、室生寺に来て本当に良かった!と気分も清々しい。さあ、720段を下りよう〜。「通りゃんせ 通りゃんせ、行きは よいよい 帰りはこわい、迷うわたしを 招くよに、灯り揺れます ゆらゆらと・・・」五木寛之さんの「女人高野」の歌詩を口ずさみながら心軽やかに下山。そして今一度弥勒堂へと。弥勒菩薩を拝顔しながら、若い修行僧と一言二言の楽しいひと時を。私は「弥勒菩薩さまって魅力的ですね。とても惹かれます。」と話しかけると、僧も「そうですね。私もこの寺で初めてこのような弥勒菩薩にお目にかかりました。」と穏やかに言われた。

 仁王門前でお守りを手にニッコリ。御朱印帳は持参しない私だが、夢を感じるお守りはよく求める。室生寺でのお守りは「水晶」。説明によると「潜在力、想像力、洞察力を高め、魔よけや浄化作用をもつと伝えられています」と書かれていた。いいなぁ〜、いいなぁ〜!

 室生寺から2キロ先にある「室生龍穴神社」へ。耳を澄ませば、滝から続く清流の瀬音と、しみいるような苔の色を眺めながらさらに奥まった山間へとむかう。龍穴神社は、桓武天皇が病に伏せた際、平癒祈願のため室生の龍穴で祈祷が行われたといわれ、歴史は室生寺より古い。夕暮れ時、龍穴神社から宿へ戻ると、室生寺の鐘が響きだした・・・。

 朝の6時、鐘の音が再びなり出した。深い木々の奥から聞こえる梵鐘の音色に、悠久の奈良時代に思いを馳せながらしばし聞き入る。ボ〜ン、カンカン。ボ〜ン、カンカンカン〜〜。ボ〜ン、カンカン。ボ〜ン。ボ〜ン。ボ〜ン。鐘の音はあらゆる物の重みより重いと思った。命のなかに染み入る鐘の音に聞こえた。朝食後、宿のご亭主の車で室生寺大野駅へ向い、隣駅にある長谷寺へと旅は続いた。

                                   夢の花
     
                     透き通った渓流と太陽がゆっくりと
                     雪が舞う山奥へと流れゆく・・・
                     私は思わず走り出し
                     何か言いたくてたまらない
                     あ、生命である夢のほとけさま
                     早くその姿をみせておくれ 
                     私は急いで花束を編み
                     その束をゆるめたり
                     堅く束ねたりしながら
                     ほとけさまへとさしだした
                     おお、いつまでもわが胸に
                     やがて、花束は 
                     赤い輝きを放ちながら
                     太陽の光とともに雲上へと
                     さようなら、私の夢の花・・・ 

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170303_奈良室生寺_008_s.jpg室生寺大野岩に彫られた観音様
170303_奈良室生寺_027_s.jpg橋本屋
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私たちの部屋
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部屋からの室生寺を眺める
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室生寺への橋
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室生寺の正門
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三宝杉
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仁王門
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本堂
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弥勒堂

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金堂
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五重の塔

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170303_奈良室生寺_062_s.jpg奥の院へと
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途中、一休み
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奥の院の舞台
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御影院
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下り石段
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本堂
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神の水
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バージ池
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室生川
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古都の夕食
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古都の朝食
posted by 森 すえ at 07:42| Comment(10) | お出かけ・旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2017年03月11日

森 すえの入選作品の紹介


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昨年、詩作「湯のけむり」が岐阜県文芸祭(第25回)の詩部門に入選した。富士山麓にある温泉場でのお話で、村のおばあちゃんとのなにげない会話だが、湯のけむりの温かさにいつも心身が癒されている。先日、公益財団法人岐阜県教育文化財団より岐阜県文芸祭の作品集と入選証が贈られてきた。そこで皆様にもご覧いただきたく詩作品を選評ともに掲載させて頂きます。

また、今日3月11日は、東日本大震災から6年目の日である。数日前からなにかと「そういえば・・・」と被災地での高台や内陸の再建やまだまだ回復されていない地域の状況などが話題になっている。私はふと、災害が起こった2011年の夏、仙台の閖上(ゆりあげ)に行ったことを思い出した。津波で亡くなられた二十七歳の青年Tさんの「現地お別れ会」に出席するためであったが、その時の追想は今もって私の胸に痛烈に残っている。その時の気持ちを記した作品「3月11日、青年はストップした」が岐阜県文芸祭(第23回)の随筆部門に入選したのだったが、何故か青年の魂が生かされているように思え嬉しかった。
この作品は以前にも掲載いたしましたが、頂いた選評とともに今一度載せさせて頂きます。

          湯のけむり
      わしの昔話は五〇年前のことだべえ。
      富士山二合目に大きな小屋を建て、
      わしはバリバリ働いていた
      三〇人の仕事人を抱え活気があったべえ。
      わしらは山を駆け巡ったもんだった。
      植林したり伐採したり製材したりさ、
      二合目を行ったりきたりしたべえ。

      最初は馬や荷車で荷物を運んどったが、
      その内に道がついたべえ。
      道が出来たら小屋まで車で一五分で行けた。
      握り飯をどっと作り皆で食べたべえ。
      わしは昔からいつも運転しとったから、
      今八一歳だけど運転してどこへでも行ける。
      ここの温泉にも好きな時間にくるべえ。

      フラフラしながらの長生きはイヤじゃ。
      朝五時半に散歩を三〇分して、
      とうもろこしの種をまくべえ。
      そいつができたら青森の弟に送るんや。
      弟からしゃけがお返しに届くべえ。
      種まきのあと、ごはんの残りを弁当につめ、
      ビールと冷凍水を持って温泉にくるべえ。

      湯につかり、弁当食べて昼寝をし、
      昼からまた温泉に今まで入っていたんや。
      ぼちぼち湯からあがるとするべえ。
      あんた、わしの冷凍水を飲むといいよ、
      ホイ、ここに置くべえ!


(選評)ゆっくり読んで、ゆったりした気分になった。方言の「00べえ」がここちよい。「とうもろこし」と「しゃけ」の物々交換が羨ましい。


   三月十一日、青年はストップした

 七月十七日、私は仙台駅のホームに降り立った。遠くの方からお囃子の奏でる音が聞こえる。震災で受けたダメージの払拭と、復興に向けて走りだした元気な姿をアッピールするため、夏祭りの先取りが実地されていたのであるが、私が仙台に出向いたのは、そんな華やかな祭り見物ではなく、津波で亡くなられた二十七歳の青年Tさんの「現地お別れ会」に出席するためであった。
 私と青年Tさんとは面識もなく、電話でお話をしたこともなかったが、父親のMさんとは長年にわたり親交があったので、息子さんのお別れ会に参列させて頂くことになった。

 会場の中央の壁にTさんの写真が飾られ、花々が優しさを添え、側面の壁には、Tさんの似顔絵が。友人、知人のメッセージ、「泣いてたまるか!」「ありがとう」「感謝」などの言葉がいっぱい。その下に石の地蔵さまがニッコリ微笑む。そして、Tさんの魂を呼び寄せるかのように、愛用のヘルメット、幼い頃の玩具、アルバムなどがずらりと並ぶ。

 お別れ会は、親交の厚かった人々の挨拶から始まり、最後にTさんと親しかった女性が「贈る言葉」を。大学時代の思い出の場面を、胸に響かせながら、哀しみをこらえ、静かに語られる。その姿は優しく美しい。そう、二人の間には素的なロマンがあった。愛によってのみ人は自然な安らぎに近づけるとするならば、彼女の愛ある言葉でTさんは微笑んでいるに違いない。
 お別れ会の半ば、ミュージシャンの演奏が始まり、「上を向いて歩こう」を合唱。音楽の力で寂しさが薄らぎ、いいようのない精神の高まりを感じる。最後に父親のMさんがギターを爪弾きながらご挨拶。会場には終始ユーモアあり、哀しみがあり音楽があった。

 翌朝、ホテルで、「なでしこジャパン」がPK戦のすえに米国代表を破り、初優勝したことを知る。彼女たちの「最後まであきらめない」の言葉は、今の日本の混迷状態にこれほど意味のある言葉はあるまいが、亡くなったTさんとて同じ。荒れ狂う水の波に飲み込まれながらも、最後まで生きることをあきらめなかったに違いないと思うと胸が詰まった。

 父親のMさんと、被災地である閖上(ゆりあげ)に入ると、閖上の風景は雑草と瓦礫だけ。流された舟が道路に乗り上げ、半壊の建物が点々と。黒い津波がビニールハウスや家々を破壊し消し去っていた。

 小学校も廃墟。ピアノ一台がぽつんとある校庭から体育館に入ると、流されたランドセル、賞状、トロフィーや玩具などいろんな物が再び舞い戻り、積みあがっているが、ボランティアさんが、丁寧に整理されている。

 閖上の「閖」という字は,辞書に載っていない珍字。古来この地は「浜にいかだに乗った観音像が揺り上げられた」との伝説から、「ゆりあげ浜」と呼ばれていたが、後になって伊達綱宗公が,大年寺に参拝した帰路,海岸の波打つ浜をご覧になり,「門の中から水が見えるので門の中に水と書いて閖上(ゆりあげ)と命名したと聞く。響きある良い名だと思いつつ、Tさんの仕事場へと向かったが、やはり建物はなく跡地だった。

 運河にそそぐ小川沿いを歩いていると、Mさんが「この小川で息子が死んでいたのです」と呟きながら、雑草の生える一角に「石の地藏さま」を置かれた。苦悩する人々を無限の大慈悲で包み込む地藏さまに、息子さんの鎮魂を託されたのだと思う。少し離れた瓦礫の中に、焼け爛れたTさんの愛車があった。

 Mさんは毎朝、息子さんに携帯メールを送信し、無言の返信をすぐさま受信。それは何の意味もないのだろうが、息子さんに合図しつづけるのは、翔び去った息子さんの肩に触れんともがき、淡い影を背負わんと追いすがる親の愛情なのかもしれない。

 矢車草が瓦礫の間から顔を出し花を咲かせている。その花に近づき水遣りをされるMさんの背にさす陽光が微かに揺れ、まるで息子さんの魂が密着しているようだった。きっと息子さんは、この花の中、陽の中、Mさんの体の中に生き、親子の絆は時空を越えて結ばれているに違いない。
 今、私たちは両手を広げTさんの魂の響きを受け止め、Tさんの分まで成長していくしかない。これ以上、Tさんを哀しみの涙で沈めてはいけないと、崩折れながらも頑張っておられるMさんに声をかけていくしかない。


(選評)内容が良いだけに、「題名」にも今少し心配りを」申し上げたい作品です。パソコン教室の講座の中で、震災前と後の光景を閖上(ゆりあげ)に焦点を当て、「忘れないでおきましょう」と、受講生たちに訴えていた私には、作者の気持ちが伝わりすぎて胸が痛い。かけがえのない息子さんを亡くした父親とあらば、さらに悲しくつらかろう。「どうか。くじけないで」との作者の深い思いが、読む者にまで訴えかけてくるような優れた作品です。

posted by 森 すえ at 09:35| Comment(10) | 日記・その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする