2014年05月04日

富士山周辺をぐるりと散策

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4月下旬、春の表情を見に富士山麓へ。山梨でゆっくりくつろぐのが最大の目的だが、雨も上がり、陽が射し出すと、やはり、山麓周辺を回りたくなる。今回の滞在は数日間。さあ、何処にしょうかな?と思案しつつ、先ずは小屋の庭掃除。2月14日の大雪(約2mの積雪)の被害は我が小屋になかったが、木々の枝は結構おれている。まあ、続きはゆっくり夏にでもと、カメラをかかえ出発!!

・・・数日間の足跡は樹海から。マイナスイオンの恵みを受け、自作を口ずさみなが楽しくウオーキング。その後、鳴沢村周辺〜山中湖周辺〜河口湖周辺〜山梨北部へ足を延ばし石和温泉郷へ。桃源郷の春にうっとりしながら、天上山(カチカチ山)へハイキング。そして春の例大祭中の浅間神社へお参り。
おお、何処も桜が満開で美しい!富士山は日によって見え隠れしていたが、山麓周辺の風景はまさしく春爛漫!!

     樹海
樹海の上には青い空が広がり
樹海には光乏しく影が広がる
浮き立つ木の葉の隙間に枯葉が積り
木々の姿が妖精に・・・

三百年昔から溶岩の口が開き続け
風穴や氷穴のすがたのまま
歴史となり洞窟に ・・・
樹と溶岩が地上と地下で
今、幻想的に樹海の宇宙を広げる

晴天は樹海の彩を鮮明にし
出会う人もない午後は神秘の世界
小鳥がさえずり
木の花が咲き
こけが倒れ木の下で逞しく生きる
おお、まさしく樹海は原生林!

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鳴沢周辺

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カチカチ山

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笛吹市の桃源郷

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道の駅富士吉田・富士山レーダードーム館

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山中湖・パノラマ台

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浅間神社

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「稚児の舞」本番を待つ子供たち

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ビジターセンターから

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山梨名物・ほうとう

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2014年05月03日

紀伊半島への旅(その4)高野山へ

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四日目、晴れ。いよいよ最終目的地の高野山へ。そう、「紀伊山地の霊場と参詣場」として、古来より多くの参拝者が訪れる高野山である。ユネスコの世界文化遺産にも登録(2004年)済み。

観光バスが、日本一長い山岳ハイウェイの高野龍神スカイラインを走りだす。山岳地帯を南北に標高約800m〜1300mの山並みを抜ける約43qの山岳道路は、高野山を起点とし、最高峰の護摩壇山〜龍神温泉までの道のり。私たちお参りした熊野三山への通過道路でもあるが、2003 年10 月から無料化されている。

はい、高野山に到着!!先ず、奥の院めぐりをしょう〜。
表参道入口、一の橋から弘法大師廟まで通じる約2キロの参道を、静かにそして元気よく・・・。老杉が高くそびえ、数十万基を超える各時代の、あらゆる人々の供養塔が立ち並んでいる。
豊臣秀吉、織田信長、前田家二代目、結城秀康、越前黒田家など著名な大名をはじめとし、一般庶民のものまで。しろあり、新明和工業(株)のロケット、日産自動車(株)、芭蕉句碑、東日本災害物故者慰霊碑など、すべては奥の院がメインの参拝場所。

御陵橋を渡ると弘法大師御陵への霊域に入るので、撮影は禁止。そう、大師信仰の中心聖地であり、灯籠堂の堂内には消えずの火がともされている。水かけ地蔵、汗かき地蔵、茶所を回り、玉川ほとりをそぞろ歩いて奥の院を後にする。奥の院は、奥が深くじっくり回ると趣があり、荘厳な道の先に、心浄める霊験の地が鎮座するって感じ。

はーい、高野山宿坊で「精進料理」の頂く時間となりました。わくわくしながら宝善院へと。煮炊きものをベースにした御膳食膳だが、あっさりと美味しい料理で思わず、お坊様に「美味しいですね、ごちそうさま!」って感謝の言葉。一度は口にしたいと夢にまでみた精進料理。はい、大満足!!

さあ、次はいよいよ総本山金剛峯寺(こんごうぶじ)へ。
説明によると、「金剛峯寺」という名称は、弘法大師が金剛峯楼閣一切瑜伽瑜祇経(こんごうぶろうかくいっさいゆがゆぎきょう)というお経より名付けられたそうで、東西30 間(約60 メートル)、南北約70 メートルの主殿本坊ともいう。

又、総本山金剛峯寺は高野山全体を指し、「一山境内地」とされ、高野山の至る所がお寺の境内地、そう、高野山全体がお寺ってことになるが、「金堂」が一山の総本堂のまとめ役。高野山の重要行事のほとんどは、この金堂にて執り行われる。

正門をくぐり金剛峯寺へお参り。あれれ、金剛峯寺の屋根の上に桶が・・・。これは天水桶で、普段から雨水を溜めておき、火災が発生した時に、火の粉が飛んで屋根が燃え上がらないように、桶の水をまいて濡らし、類焼を食い止める役割を持つ。確かに、屋根へ上る梯子もかけられている。

金剛峯寺の表玄関を通り越し、私たちは小玄関から入る。大広間、持仏間、と回り、梅の間、柳の間へ。さらに別殿など華麗な襖絵を拝見し、新別殿で169畳の大広間へ。ここでは、参拝者の休憩所としてお茶のサービスがあったり、僧侶の法話も随時おこなわれるそう。

おお、美しい庭!蟠龍庭(ばんりゅうてい)にでました〜。この石庭では、雲海の中で向かって左に雄、向かって右に雌の一対の龍が向かい合っている。龍を表す石は、四国の花崗岩が、雲海を表す白川砂は京都のものが使われるなど、華麗ながら力強い空間である。その後、台所を見て回り小玄関から外へ・・・。

 長い道のりの紀伊半島めぐりも終え、今回の旅も終り。海、山、参道から自然の命を感じる旅だったが、なんといっても神々との出会い、温かく受け止めてくださった人々との出会いが嬉しかった!・・・高野山を後に一途、新大阪駅と向かう・・・。

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越前黒田家の墓

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結城秀康の石廊

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加賀前田家二代目の墓

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水かけ地蔵

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お休み処

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金剛峯寺

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屋根の上の桶

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金剛峯寺の表玄関内部から

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蟠龍庭

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宿坊・宝善院

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精進料理

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(次回の更新は5月4日の予定です)

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2014年05月02日

紀伊半島への旅(その3)熊野古道〜那智の滝へ

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三日目、雨。いよいよ高さ・水量ともに日本一の那智の滝へお参り。先ずは熊野古道から、自然への畏敬をもって出発!だが雨。雨が冷ややかにこの葉をゆすっているが、雨も生き物への恵みと思えば、静寂地に雨もまた乙なもの。傘をさしながらゆるりと参ろう〜、参ろう〜。

熊野古道は、日本三大古道の一つ(奥野細道・中仙道・熊野古道)。さあ、GO-! 情緒に富んだ石畳の大門坂 を歩き出す。わぉ〜風情がある!そう、熊野詣で栄えた当時の面影がそのまま色濃く残している。古の関所跡や霊場への入り口といわれた振ヶ瀬橋(ふりがせばし)を渡り、樹齢約800 年の「夫婦杉」に手を触れながら・・・、

熊野那智大社〜青岸渡寺 (せいがんとじ)へと向かう。熊野那智大社の二の鳥居まで470段、拝殿の三段を足して473段の階段を上りきり、那智大社の本殿へお参り。屈折した階段の両側には土産物屋が並び、郵便局もある。早速、地元の記念切手を購入。これも旅の楽しみの一つ。

説明によると、「神武天皇が、熊野灘から那智の海岸に御上陸されたとき、那智の山に光が輝くのを見て、大瀧をさぐり当てられる。命の根源である水が豊富にあふれ落ちる那智大瀧を、古代から神としてあがめ、そこに国づくりの神である「大巳貴命」(大国主命)、親神さまである「夫須美神」(伊弉冉尊)をおまつりした」とある。

那智大社の本殿のお参りをすませ、おとなり青岸渡寺(せいがんとじ)へ。明治期に仏堂が全て廃されたが、観世音だけが残され、やがて青岸渡寺として復興。  杮(こけら)葺きの入母屋造で、本堂(如意輪観音堂)は国の重要文化財。

見れば、熊野那智大社と青岸渡寺が同じ場所に。そう、観音堂の隣に神殿が並び立っているが、神仏が習合した日本では、こんな風景は明治初年までは普通だったそう。那智大社でも、国づくりに御縁の深い神々をおまつりしながらも、仏教の伝来に伴い、修験道がおこり、古来の神々と仏とを併せて祀る・・・、いわゆる神仏習合の信仰が、ここでも行なわれたのだろう。

青岸渡寺の庭から、朱色の三重の塔と那智の大瀧が綺麗に見える。さあ、雨も上がった!470の階段を下り、那智の滝を仰ぎに参ろう〜。

那智の滝は、「一の滝」とも呼ばれ、落差133m、銚子口の幅13m、滝壺の深さは10m の落差日本一の名瀑。熊野の山塊、その奥方より流れ落ちる姿は圧巻! 「熊野」という地名は「隈の処」の語源から発する奥深い処。また「クマ」は「カミ」と同じ語で、「神の野」に通じる地名とも。

神々の恵みを得ようと、古代から多くの人々が熊野へ、那智山へと参詣する。確かに、那智の滝には霊験あらたかな雰囲気が漂う。大空の光の果てから流れ落ちる那智の滝。大きな滝を見上げ、思わず自分の小さな内部をのぞきこむ・・・。

次に熊野本宮大社へ。全国の「熊野神社」の総本宮にあたり、熊野三山(熊野本宮大社、熊野速玉大社、熊野那智大社)の一つ。三山の中でもとりわけ古式ゆかしい雰囲気を漂わせるのが、この熊野本宮大社。すでに、熊野三山の二つ(熊野速玉大社、熊野那智大社へ)へはお参り済み。後一つ、この熊野本宮大社を残すのみ。ガイドさんいわく、「熊野三山をすべてを詣でた人は、10年長生きする」と。すご〜い!早く石段を上り本殿へ参ろう〜。

本殿へと続く158段の石段の両脇には幟がなびき、生い茂る杉木立が悠久の歴史を感じさせる。総門をくぐると檜皮葺の立派な社殿が姿をあらわす。向かって左手の社殿が夫須美大神(ふすみのおおかみ)・速玉大神(はやたまのおおかみ)の神々。中央は、熊野本宮大社の主祭神、家都美御子大神(けつみみこのおおかみ)。そして右手は天照大神(あまてらすおおみかみ)が祀られ、4つの主祭神が集まっておられる。

雨もあがりさわやかな風が流れ出す。さあ、三段壁へ行こう〜。千畳敷の南海岸にそそり立つ高さ50m の断崖は、その昔、漁師たちが通りゆく船や魚の群れを見張った場所らしい。南北2km にわたって展開され、岩肌に打ち寄せる黒潮が激しくぶつかり合う、そう、ダイナミックな光景。展望台から眺めると足がすくむ。

エレベータで崖下へ降り、三段壁洞窟内をぐるりと回る。暗闇の中で、いろんな色合いの地層が、打ち寄せる波と混ざり合う不思議な光景に胸がどきどき、どぎどきする。この洞窟は、平安時代の熊野水軍の隠し場所だったとされ、当時の暮らしのもろもろが展示されている。

その夜の宿は、白浜温泉の海舟。部屋の窓から岬そのものが見え、沈みゆく夕日が楽しめる。露天風呂、家族風呂、混浴風呂など、源泉かけ流しの温泉がある。翌日の早朝、混浴の露天風呂に入ってみると、まだ眠りから覚めやらぬ海の上を、小鳥がゆっくり旋回していた・・・

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熊野那智大社〜青岸渡寺 (せいがんとじ)へ

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熊野那智大社

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青岸渡寺

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那智の滝

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那智の滝

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熊野本宮大社

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熊野本宮大社

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本殿

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三段壁洞窟

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三段壁の洞窟内

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トベラ

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アロエ園

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昼食・まぐろづくし釜飯御膳

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夕食の一品

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(次回の更新は5月3日の予定です)

 

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2014年05月01日

紀伊半島への旅(その2)花窟神社〜瀞峡へ

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二日目、三重県熊野市にある花窟神社 (はなのいわやじんじゃ)。この神社は古代からの聖地として、今に続く信仰もあつく、伊弉冉尊(いざなみのみこと)と軻遇突智尊(かぐつちのみこと)を祀っている。神体である巨岩の麓にある「ほと穴」と呼ばれる大きな窪みがある岩陰が伊弉冉尊の葬地。

神々の母である伊弉冊尊が火神・軻遇突智尊を産み、灼かれて亡くなった後に葬られた御陵で、それ以来、近隣の住人たちは、季節の花を供えて伊弉冉尊を祀ってきた。「花を供えて祀った岩屋」と言われる由縁もそこから。 

花の窟神社をお参りする。驚いたことに、日本一長いる約170mの大綱が、岩窟上45 m程の高さの御神体から、境内南隅の松の御神木にわたしてある。大繩は、特別な田で作られたもち米の藁縄7本を束ね、季節の花を結びつけた3つの縄旗と扇が吊されている。この光景・・・、神々があらゆる岩窟の水滴を吸い込み、空中におわすって感じ。湿気を帯びる境内で、嬉々と天を仰ぎ参拝。うおぉ〜、迫力満点。すごい!! 

さて、次なるは、奈良県・三重県・和歌山県にまたがる瀞峡(どろきょう)へ。吉野熊野国立公園随一の景勝地である瀞峡を、観光ウォータージェット船で遊覧することに。大渓谷は、上流から、奥瀞・下瀞に分かれているが、今回は、巨石、奇岩が並ぶ美しい「瀞八丁」と呼ばれる下瀞を、ぎっちら〜ぎっちら〜ではなく、すいすいと飛沫をあげながら・・・ 

ウォータージェット船は、31 にも及ぶ自然美の中を、時速約40 キロで運行。屋根はスライド式。天井がぱかりと開くと、頭上に青空が広がる。墜落岩、天柱岩・とさか岩などに、高さ45m、まさに天に向かってそびえ立つ天柱岩も。山彦橋は、三重県と奈良県を結んで架かる吊り橋で、周囲の岩々に声が反響し、こだまが返ってくる。母子の滝、こま犬岩、獅子岩、どの岩の形も何かを語りかけているよう〜。時折、大空からそよ風が流れ込む。渓谷のなかへと身をさしだしては、息をひそめ、小躍りしながらリフレッシュ・・・その後、 

熊野速玉大社 (くまのはやたまたいしゃ)へ。この大社は、熊野三山のひとつとして、全国に祀る数千社の熊野神社の総本宮。
今から約二千年ほど前、景行天皇五十八年の御世に、熊野三所権現が最初に降臨された神倉山から、この熊野速玉大社 の地にお遷りになったとされ、これより神倉神社の「旧宮」対し、熊野速玉大社「新宮」とされる。 

宮司さんのお話によると、御祭神は、熊野速玉大神(いざなぎのみこと)と熊野夫須美大神(いざなみのみこと)で、熊野権現の称号を賜われている。「権現」とは仮に現われるとの意味。神様は御殿の中のもっとも清浄な奥処に鎮まり、私達の目にはそのお姿を直接見ることができない。そこで、お姿を仮に仏に変え我々の住む俗世界に現われる。という考え方・・・、 

衆生の苦しみ、病気を癒すなど過去世の救済を、薬師如来が担い、千手観音菩薩は現世利益を授け、阿弥陀如来は、来世浄土へ導かれる仏様として祀られている。ところで、熊野速玉大社の御神木は「梛(なぎ)」。熊野は祈りの聖地として憧れの異界であり、「梛」の葉は霊威ある熊野詣でのお守りとして大切にされている。 

ここでハプニング。今回のツアー仲間は40名だが、このは熊野速玉大社の参拝にあたり、私が代表者として玉ぐしをあげることに・・・。ドキッ!!恐れ多いこと!富士山を神と仰ぎ浅間神社にもお参りする私のことゆえ、何とか勤まるだろう〜と、神殿前へ。手で玉串を手前に引き、玉串を回転させ右手に添え、二礼、二拍手、一礼の作法でお参り。・・・うぉぉ〜緊張の連続!! 

「熊野倶楽部」にて地元のおばんざいの昼食。手作りの料理だから美味しい!薄味でまろやかなお味は、関西出身の私の口にぴったり!!そう、若かりし頃の思い出が、口の中で幾重にも波紋を描き・・・、思わず美味しいね。と料理人にウインク。 

次に 潮 岬 へ。潮岬とは、紀伊半島の南部、和歌山県の串本町にある台風情報でおなじみの岬で、北緯33 度25 分58 秒で本州最南端。岬には360 度の大パノラマが楽しめる潮岬観光タワーがあり、少し離れた所に、高さは22.51mの潮岬灯台がある。ああ〜地球はまるいなぁ〜!と実感しつつ、正直、もう夕方なので地平線もかすみよく見えないが、最南端に立つ喜びをかみしめる。 

確か、この灯台は映画「喜びも悲しみも幾年月」の舞台になっていたんでは?・・・♪♪おいら岬の灯台守は、妻と二人で沖ゆく舟の、無事を祈って灯をかざす灯をかざす、冬がきたぞと海鳥鳴けば、北は雪国 吹雪の夜の沖に霧笛がよびかける、 よびかける・・・♪
 瞼にうかぶ映像にしんみりしながら、その夜の宿、本州最南端の海を臨む高台にある「串本ロイヤルホテル」へと。串本は、紀伊山地を背に潮岬半島が雄大な太平洋に突き出した本州最南端の町で、奇岩・怪石の雄大な自然美に恵まれている。そんな絶景美をホテルの窓辺から眺め、今夜も素敵な宿でくつろげる幸せを感じる。

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花窟神社

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170mの大繩

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瀞峡

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観光ウォータージェット船

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亀石

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母この滝

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獅子岩

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山彦橋

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熊野速玉大社

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御神木「梛(なぎ)」

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御神木「梛(なぎ)」の説明

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熊野倶楽部で昼食

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串本ロイヤルホテルから

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串本の夜明け


(次回の更新は5月2日の予定です)

 

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