2014年03月26日

関東周辺をぐるり散策(その7)浜離宮恩賜庭園

_0608

今日の散策は「浜離宮恩賜庭園」。そう、浜離宮は、ビルの街にある江戸時代の徳川将軍家の庭園。江戸、明治、大正時代から続く歴史、文化、自然を兼ね備えながら、震災や戦火、進む都市化の中で残された貴重な存在として、国や都の文化財に指定されている。おお、さすが江戸の殿様の庭園!!

浜離宮には今も海水を引き入れた「潮入りの池」が残っているが、又、二つの鴨場を伝え、江戸時代には、江戸城の「出城」として機能を果たしていた。承応3(1654)年、徳川将軍家の鷹狩場に、四代将軍の弟、甲府宰相の松平綱吉が、海を埋めたてて甲府屋敷と呼ばれる別邸を建て、その後、綱吉の子、綱豊(家宣)が六代将軍になったのを契機に、屋敷は将軍家の別邸(浜御殿)となる。

明治維新ののちは、皇室の離宮となり「浜離宮」と呼ばれたが、昭和20年(1945)11月3日、東京都の管轄となり、浜離宮庭園として、国の特別名勝および特別史跡に指定される。

この庭園には花木園、お花畑、ボタン園、梅林など見どころが満載しているが、今、菜の花畑が美しい。遠景、近景にビルがあり、その谷間にあるお花畑って印象を持つが、なんのその、約30万本の黄色の花は色あせることもなく輝き、見る者に寄り添って香りを放つ。そう、都心の公園であることを実感させられつつ、日本庭園と一体となった美しい花風景にうっとり、うっとり。
はい、パチリ!都内でこれだけの群落を見られるのは珍しいから、ああ、来てよかった!!

梅の見頃は軽やかに去り、もはや凛とした花びらは遠のいているが、梅の優雅さはまだまだばっちり!余韻は失せることもなくとどまり、徳川家宣が植えた「三百年の松」と雄姿を競い合っている。都内では最大級の黒松だが、梅にも年輪を感じる。

 庭園の中心的な存在である「潮入りの池」は、都内にある江戸の庭園では唯一現存する海水の池。東京湾の水位の上下にしたがって水門を開閉し、池の水の出入りを調整している。池には、ボラ、ハゼ、ウナギなどの海水魚が棲息している・・・。 

さあ、お伝い端(おつたいばし)を渡ろう!そして「中島のお茶屋」で、お抹茶セットで楽しいひと時を過ごそう〜。
潮入の池に浮かぶ中島に立つ茶屋は、宝永4(1707)年につくられて以来、将軍をはじめ公家たちがここで庭園の見飽きぬ眺望を堪能した休憩所。絨毯を敷いた座敷や縁側にテーブル席があり、池を眺めながら一休み。現在の建物は昭和58(1983)年に復元したもの。なかなか趣があり素晴らしい!!

知り合った二人の女性と、お抹茶を頂きながら会話が弾む。一人はベネズエラ人でもう一人はアメリカ人。スペイン語、英語で楽しいひと時。うわぉ・・・このお抹茶の味わい・・・会話の味わい・・もうたまりません!!どちらも歓喜そのものです!

水上バスで「浅草」へ。いくつかの橋をくぐりながら、隅田川をす〜いす〜い・・・お台場海浜公園、両国国技館、東京スカイツリーを眺めながら「吾妻橋」へと進む。20分ほどしたところで東京スカイツリーが大きくクローズアップ!はい、到着。おお、隅田川沿いに桜が咲いているよ〜!!

浅草の「雷門」をくぐり、浅草寺へ。ごらん、外国人がいっぱい、参拝者がいっぱい。手をとりながら、とられながら、お互いにもたれあいながら、みな楽しげに本堂へと誘われていく。
たぶん浅草には、人を惹きつける不思議な魅力がひそんでいるのかも・・・

 

140322__204_s
浜離宮恩賜庭園

140322__209_s
三百年の松

140322__033_s

140322__219_s

140322__223_s

140322__030_s

140322__353_s

 

140322__290_s

140322__264_s

140322__293_s

140322__305_s
水門

140322__321_s
中島のお茶屋

140322__346_s

140322__327_s

140322__328_s

140322__077_s
お伝い橋

140322__061_s

140322__091_s
御亭山

140322__303_s

140322__088_s

140322__337_s

140322__292_s

水上バス

140322__109_s

140322__365_s

140322__401_s

140322__129_s
浅草寺

140322__136_s
雷門

続きを読む
posted by 森 すえ at 06:06| Comment(12) | TrackBack(0) | お出かけ・旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月19日

関東周辺をぐるりと散策(その6)生田緑地

_0375

冬の弱い陽がだんだん強まってきた3月中旬、こころは郊外へ向かって傾く・・・さあ、出かけよう〜と、神奈川県川崎市にある生田緑地の「日本民家園」へ。この園は、急速に消滅しつつある古民家を永く将来に残すことを目的に、昭和42年(1967)に開園された古民家の野外博物館。民家園内では、民家をはじめ、水車小屋、船頭小屋、高倉、農村歌舞伎台など20数軒の建物や、園路で道祖神や馬頭観音なども見れるので楽しみが満載って感じ! 

生田緑地憲章を読むと、「私たちは、生田緑地の自然や歴史文化を大切にし、さらに楽しく気持ちよく利用できるよう協働により、生田緑地を良好な管理に努めます。私たちは、生田緑地の自然の営みを守るため、生き物を持ち出したり、他の地域の生き物を持ち噛んだりしないようにします」・・・とある。はい、了解しました!!自然や歴史文化は未来への宝、偉大な曙光です!!

さあ、ぼつぼつ園内を散策しょう〜。まず、本館券売所でチケットを購入し園内へ入ると、急に古の世界がひろびろとひらけ・・・、一番目の古民家「旧原家」で一呼吸。民家独特の静けさに触れながら一歩一歩と部屋を回り、居間に飾られているひな人形を拝見。可憐な人形に癒されるひと時をすごす。

次に長野伊那市にあった薬屋「三澤家住宅」へ。屋根は石置きの板葺。江戸時代には組頭を務めていた家柄であるため、門構えと前庭つきの式台が許された家とある。なるほど・・・ゆとりある構えっていいなぁ〜。

園路には道祖神や馬頭観音が置かれている。手を合わせパンパン。さあ、次なるは「佐々木家住宅」。千曲川沿いの名主の住宅だが、降雪量の少ない地方のため、柱や梁は比較的細いなど兜造りの構造。前庭では、小学生が荷車や井戸水のくみ上げなど実地体験を楽しんでいる。この光景に拍手!ただ歩いて見学するのではなく、古にあったものに触れるのは良いことですよね。 

次の「旧山下家住宅」は、19世紀前期の飛騨白川郷の合掌造り。川崎市の小川町で観光料亭として活用していたものを再移築。
・・・いうわけで入口に「そば」のメニュが。おいしそう〜!!昼食時に「とろろそば」を頂こうっと。楽しみ、楽しみ。 

次に17世紀後半に造られた「旧広瀬家住宅」へ。山梨県塩山からの移築だが、切妻屋根で、軒が低く閉鎖的な甲州民家。あれれ、数人のボランティアの方々がせっせせっせと働いておられる。庭掃除、囲炉裏のまき割りなど・・・はい、ご苦労様。突然飛び込んだ私にも親切に説明をしてくださる。気楽な雰囲気にあやかり、早速、美濃傘や藁のぞうりを身に着け、はい、パチリと記念写真。雪深い地方では藁文化があったのだろう。無造作に束ねられ、もうほとんどばらばらにほぐれている藁束を見やり、なかなか趣があるなぁ〜と感無量。 

ご親切に、ボランチァの方が次の「旧北村家住宅」へ案内をし、そして説明を。神奈川県・秦野市堀山下からの移築されたこの民家は、移築解体の際、貞享(じょうきょう)4年(1687)と記された墨書が発見された貴重な家で、日本民家のなかで二番目に古い。次に「工藤家住宅」へ。岩手県の旧南部領に分布する曲屋(まがりや)だが、すべて吹き抜けで建物が一室となったいる。造りは宝歴頃(1751〜63)と、これまた古い。 

小高い丘の頂に、三重県志摩市船越から移転された「船越の舞台」がある。志摩半島の漁村にあり、歌舞伎芝居などを演じていた舞台で、正面に花道、両袖に出語り、そして回り舞台が配置されている。安政4年(1857)。古の舞が瞼に映る・・・

園外に目をやれば、ややっ、紅梅が綺麗に咲いている〜。白川郷のそば処で昼食をとった後、梅林にまわろう〜。日本民家園をでると、近くに岡本太郎美術館があり、ブロンズ像「樹霊」が池の中にたっている。この像は「1970年、大阪万博テーマ館「太陽の塔」の地下展示室「過去・根源の世界」に世界各地から集められた仮面や神像とともに展示された作品。自然に対する畏れと祈りといった人間の初原的かつ根源的な感情を具現化した神像としてつくられた。」とある。 

小高い梅林にまわると梅が可憐にほころび、広場では、多くの子供たちがボール投げや輪投げや、かけっこをして遊んでいる。
一角に、昭和23年に国鉄常磐線経由、東北線の上野〜青森間を約37年間に555qを走り続けた車両や、昭和15年4月12日につくられた北陸線、山陽線、山手線が貨物輸送に活躍した「デコイチ」が展示されている。懐かしいなぁ!! 

枡形山広場の海抜は84m。そこからさらに展望台へと上ると、うお〜富士山が見え、東京スカイツリーも!!思わずの出会いに微笑む。微笑みながら広場を見おろすと、子どもたちの笑い声が聞こえてくる・・・。
生田緑地には、梅、ハナモクレン、イロハモミジ、ソメイヨシノ、ヤマザクラ、シダレサクラ、フジ、バラ・・・などの四季折々の花の美に出会える。そう、花の合図にしたがって再びやってこよう〜。

140311__001_s

140311__004_s
古民家本館券売所

140311__007_s
旧原家

140311__009_s

140311__011_s

140311__018_s
三澤家住宅

140311__020_s
道祖神

140311__022_s_2
馬頭観音

140311__037_s
佐々木家住宅

140311__033_s

140311__053_s
旧山下家住宅

140311__051_s

140311__159_s

140311__055_s
東北の古民家

140311__056_s

140311__062_s
旧広瀬家住宅

140311__063_s

140311__070_s

140311__071_s
旧北村家住宅

140311__075_s

140311__091_s
旧工藤家

140311__082_s
旧船越の舞台

140311__097_s
梅園

140311__101_s

140311__104_s

140311__120_s

140311__135_s

140311__139_s
デコイチ

140311__094_s
岡本太郎美術館

140311__096_s
ブロンズ像「樹霊」

140311__146_s
枡形山展望台からの富士山

140311__152_s
東京スカイツリー

140311__149_s
枡形山広場

続きを読む
posted by 森 すえ at 05:35| Comment(16) | TrackBack(0) | お出かけ・旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月16日

沖縄への旅(その5)慶佐次湾(げさしわん)のヒルギ林

_0670_2

その夜泊まったホテルには韓国の野球選手が多くいた。日本球団も沖縄では楽天、阪神、ロッテ、中日、オリックス、日本ハム、ヤクルトなどがキャンプインし、開幕に向けてトレーニングに励んでいると聞くので、交流戦でもあるのだろう〜。

次に向かったところは、「慶佐次湾(げさしわん)のヒルギ林」。ヒルギとは熱帯、亜熱帯地域の河口汽水域の塩性湿地に成立する森林のことでマングローブとも言う。慶佐次湾のマングローブは慶佐次川河口部の長さ約1キロメートル、幅約200メートルにわたって広がり、面積は10ヘクタールあり、沖縄本島のマングローブとしては2番目の広さ。マングローブを構成する樹木の多くはメヒルギで、川沿いにヤエヤマヒルギ、上流部にはオヒルギもみられるそう。

ヒルギ(天然記念物)やシオオマネキ等の生物の保護のため、マングローブ林内への立ち入りは出来ないが、遊歩道が整備されいるので、マングローブの生い茂る中を自然体験することができる。
さあ、その様子を観察しに行こう〜。川沿いに沿ってメヒルギ、オヒルギ、ヤエマヒルギが複雑に絡み合い生えている。展望台に出ると、ヒルギ林が見渡せなかなか気持ちがいい。ヤッホ!

マングローブに生える植物は、陸上の植物とは違った形や性質を持っている。いちばん大きな違いは、陸上の植物は、水を求めて広く深く地面の中で伸びていくが、マングローブに生える植物は、地面の上でタコの足のようになっていたり、くねくねと波形になっていたりする。植物の体の中では、害になる塩分を体の外に出したり、吸い込まないようにする性質ももつらしい。

ここに生息する動物として、ハクセンシオマネキ、ベニシオマネキなどのカニ類、マドモチウミニナなどの貝類、ミナミトビハゼなどのハゼ類に加え、シギやカワセミなどの鳥類がみられるなど、マングローブとしてなかなか貴重である。

ガイドさんの説明を聞きながら、自然が織りなす不思議、神秘に限界はないなぁ〜とつくづく思う。広場にでると、真っ赤なケラマツツジが輝いている。急いでシャッターをパチリ!

さあ、次は辺戸(へど)岬。太平洋と東シナ海の荒波が打ち寄せる沖縄本島最北端の岬であり、荒涼とした断崖からは、水平線上に鹿児島県与論島が望める。かつての祖国復帰拠点として知られ、本土復帰を願い辺戸岬と与論島でかがり火を焚き、のろしをあげた歴史もあるそうで、現在は本土復帰を記念して立てられた碑がある。まあ、ここまでやってくると、本島最北端を制覇したって感じになるが、見える風景は断崖と海。う〜ん、かってこの地で失われたもの、分解したものもあるだろう〜。今、両岸にはさまれた孤独な海を見つめ、時が流れ去ったのを感じる・・・。

さあ、お待ちかねの「お菓子御殿」へGO−,GO−!
恩納村を車で走っていると赤瓦屋根の目立つ赤い門が見える。そこがお土産屋の御菓子御殿で、建物は首里城の正殿をイメージしてつくられている。紅いも、黒糖などの沖縄の特産品を使ったお菓子がずらりと並んでいるが、私たちは裏庭にある「やんばる憩いの森」へ直行!ここは琉球古来より、へゴの原生林で見事なへゴの木々が生息している。

森を巡ると熱帯、亜熱帯の樹木ヤ花々がびっしりで、沖縄の植物がここに集結している。日ごろ、あまり接しない花だが親しみを感じたり、へゴを眺めていると、もしかしたら昔、沖縄はこのように自然いっぱいの島だったのかもと思ったり、立て看板の「やんばる昔話」を読んだりしながら琉球時代へと想いを馳せる。(やんばるとは、沖縄本島北部の、山や森林など自然が多く残っている地域のこと)

「むかし、むかし、やんばるの山奥に正直者の木こりがいました。ある日、木こりは、山でこれまでに見たことがない不思議な木に出会いました。その葉はまるで鳥の羽のようで、その幹には小判がぎっしり張り付いたような、光輝くへゴの大木でした。木こりは来る日も、くる日もへゴの小判模様をさすりながら願い事をとなえ、一生懸命働きました。やがて、木こりは大金持ちになりました。それ以来、へゴの木は金運を運び、幸せを呼ぶ木として、今日まで人々に言い伝えられました。
 へゴの小判に触れると、金運に恵まれ、幸せになれるとさ!」

さあ、私たちもへゴの小判に触れ、幸せになろう〜。
幸せ気分の続きは、はい、レストランでランチ。メニュウーは「島豚仕立てのうみぶどう」はい、頂きます!その後、古宇利島 (こうりじま)へと向かい、大橋橋の袂で海を眺めたり、みんなで写真を撮りあったりのひとときを楽しみホテルへと。

翌朝、万座毛(まんざもう)へと。沖縄観光の定番スポットである万座毛で、琉球王朝時代、尚敬王が「万人を座するに足る」と賞賛したことが名の由来。万座毛一帯は足元がすくむほど崖が高く、柵がない場所で崖に近づくと転落する恐れがある。が、怖さ見たさで覗き込むと、崖下の海は透明度が高く美しい。うぉ〜素晴らしい!
こうして沖縄の旅は終わりへと。バラエティーに富んだ観光コースに満足し、まるで鳥の翼に乗って空を飛んでいたかのような・・、まるで魚の背中に乗り海に潜っていたような・・・。穏やかな気候に恵まれた5日間だった。

_0665

140224__1608_s
慶佐次湾(げさしわん)のヒルギ林公園

140224__0533_s
川に生息するメヒルギ

140224__1598_s
オヒルギ

140224__0638_s


ヤエヤマヒルギ

140224__1596_s
ヒルギ林

140224__1601_s
ケラマツツヂ

140224__1649_s

140224__0564_s
辺戸岬

140224__1639_s

140224__1648_s

140224__1628_s

140224__1636_s

140224__0579_s

140224__1626_s

140224__1669_s
やんばる憩いの森

140224__1673_s
へゴの木

140224__1711_s

140224__1693_s
ピンクボール

140224__1701_s
オオベニウチワ

140224__1706_s
ウナズキヘリコニア

140224__1713_s
クロトン

140224__1730_s

140224__1728_s
ランチ・島豚仕立てのうみぶどう

140224__1746_s
嵐山展望台

140225__1817_s
万座毛(まんざもう)

140225__1823_s

140225__1825_s

140224__1790_s
恩納村のホテルのイルミネーション



続きを読む
posted by 森 すえ at 05:58| Comment(12) | TrackBack(0) | お出かけ・旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月12日

沖縄への旅(その4)青い海へ

_0668

海が見え出し、海岸が近づいてくる。風景の中に海と砂浜があり、まん中に桟橋があり、海を越えて風が吹いてくる・・・。いいなぁ、このシンプルな光景!!
ヤッホ!沖縄本島南部にある新原海底観光センターに到着。そう、みーばるビーチでグラスボートを楽しむためにやってきた。ここは全長1キロにも及ぶ天然の砂浜。年を通して美しい海中のサンゴや魚が見れ、干潮時には沖まで歩けるそうだから、貝殻を拾ったり、色々な生き物の観察もできる。なんとも魅力的!!そうそ、近くにゴルフの石川遼さんの別荘もある。澄んだ空と海、グラスボートもあり、ゴルフ場も近くとなれば・・・うわぉ〜誰でも住んで見たくりますよね〜。

さあ、グラスボートに乗って熱帯魚を見よう〜、海底散歩をしょう〜。どんな魚たちに会えるかな?ボートが走り出し海上へ。そしてストップ。グラスボートは船底がガラスになっているので、海中の世界を簡単にのぞくことが出来る。あれれ、魚が手を伸ばすと届きそうなところまで近づいてきた〜。なんとカラフルで美しいこと!!
乗船時間は20分。あっというまに時は流れ砂浜へUターン。水深30メートル地で眺めた色とりどりの珊瑚礁は美しく、竜宮城をさまようような感覚だった。さあ、海ともお別れ。那覇の国際通りでランチを楽しもう。

那覇市にある国際通りは距離にして約1.6Km。とても賑やかな通りで、お土産屋や三線楽器店、飲食店、洋服屋などがずらりと達ち並ぶ。そう、観光客に適した通り。沖縄ならではの発見、感動の出会いを楽しみながらぶらりぶらり・・・、は〜い、国際通りはお散歩パラダイス!

次に「道の駅かでな」へと・・・。米軍嘉手納空軍基地が一望できる「道の駅かでな」では、無論、沖縄の物産を買うことが出来るが、嘉手納町と米軍嘉手納基地の学習展示室があり、屋上の展望場からは嘉手納空軍基地が一望できる。タイミングが合えばF15 戦闘機やF22 戦闘機、空中給油機などの離発着も見ることができるが・・・はい、タイミングが合いませんでした。聞けば、軍用機の離発着数と騒音は普天間基地よりもはるかにひどいらしい・・・

次にやってきたのは琉球村。ここは沖縄観光の定番スポットで、沖縄が初めての人が必ず立ち寄る所。今日も多くの人々が村内を流れてゆく・・・。昔ながらの赤瓦の屋敷があり、製糖場では、実際に水牛を使っての実演などもありで、貴重な光景にタイムスリップできる。時間がゆっくりと過ぎていく中、何処からか三線や太鼓の音が聞こえ、まるで一昔の時の鐘が鳴るが如し。

さあ、エイサーを楽しむなら琉球村。エイサーと、今に蘇る琉球の息吹絵巻行列の始まり、始まり〜。国王、王妃、三司官のパレードがやってきたよ〜、静かに私たちの眼の前で、新しい希望や喜びを披露しながら通りすぎていくよ〜、エイサー、エイサー。そう、ここは伝えたい昔の沖縄がびっしり詰まった所、琉球村!! 

_0665

140223__1499_s
新原・みーばるビーチ

140223__1500_s

140223__1439_s

140223__1444_s

140223__1474_s

140223__1475_s

140223__1482_s

140223__0435_s

140223__0449_s

140223__0453_s

140223__1486_s

140223__1512_s

140223__1507_s
国際通りでのランチ

140223__0472_s
「道の駅かでな」から眺めた米軍嘉手納空軍基地

140223__0502_s

140223__0495_s

140223__0477_s

140223__1523_s
琉球の息吹絵巻行列

140223__1524_s

140223__0501_s

140223__1532_s
旧花城家

140223__1541_s
製糖場での水牛

140223__1533_s

140223__1539_s

140223__1543_s

140223__1563_s
恩納村のホテルから眺めた夕陽

(次回の更新は3月16日の予定です)

posted by 森 すえ at 05:37| Comment(12) | TrackBack(0) | お出かけ・旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月08日

沖縄への旅(その3)首里城へ

_0666_2
三日目、いよいよ首里(しゅり)城へ。この城は、1429 年から1879 年までの琉球国王の居城で、琉球の政治、外交、文化の中心として栄え続けた。地形を巧みに活用して内郭と外郭に分け、城壁は琉球石灰岩の切石で築かれ、その総延長は約1,080m、城壁の高さは6〜15m、厚さはおよそ3m。

歓会門(かいかんもん)が大手門(正門)で西側城壁にあり、城内には正殿・北殿・南殿など、重要な建物が御庭(うなー)を囲んでいる。発掘調査の結果、首里城は14 世紀の末頃までには築かれていたことは明らかだが、1945 年の沖縄戦でアメリカ軍の攻撃により全焼。その後、琉球大学のキャンパスとなるが、琉球大学の西原町への移転に伴い、復旧事業が推進され現在に至っている。2000 年12 月、世界遺産に登録されたが、登録は首里城跡だけ。

8年前、首里城を訪れた時はしとしと雨が降っていた。傘をさしながら正殿への急階段を登りつめ、鮮やかな朱色に彩られた正殿へと。さすが王国の歴史、文化の息吹を伝える殿堂だけあり豪華!そう、沖縄のシンボルそのもので、流球王国の栄華を物語っていた。しばし我を忘れ見つめていたのだったが・・・、今回は正殿には入らず、御庭をゆっくり回ることに・・・。

先ず、歓会門(かんかいもん)をくぐる。この門は、首里城の正門として、中国皇帝の使者など訪れる人への歓迎の意をこめてつけられている。う〜ん、なかなか立派!!次に瑞泉門(ずいせんもん)を通過。瑞泉とは、「立派なめでたい泉」という意味。門の前にある湧き水「龍樋(りゅうひ)」にちなんで名付けられている。

次の門は漏刻門(ろうこくもん)。やぐらの中の水時計で時刻を計ったことで名が付く。身分の高い役人も国王に敬意を表し、ここで籠を降りたそう。次は万国津梁の鐘(ばんこくしんりょうのかね)1458年に首里城に設けられた鐘で、今のはレプリカ。

はい、次は広福門(こうふくもん)。戸籍や寺、神社を管理する所。(現在は券売所)。そして正殿のある御庭(うなー)へ入る奉神門(ほうしんもん)へと。奉神とは「神をうやまう」という意味で、最後の門となる。
まあ、いくつもの門を通過しなければ正堂へたどり着けないが、そのほか、礼拝所のひとつ首里森御嶽(すいむいたき)や木挽門(きびきもん)など、首里城を抱くがごとく、象徴するがごとく連なっている。
展望台から首里城を眺めると、古都の風雅を今に伝える文化財を巡ってきたって想いがひしひしと・・・。

首里城から下るのは簡単、ほいほいとレストセンターへ。あれ、自転車ロードレースがあるみたい。100キロレースでただ今休憩中。頑張ってね!!

さあ、東洋で最も美しい鍾乳洞の玉泉洞へ向かおう〜。玉泉洞は、30万年という気の遠くなるような自然の営みが創りあげた鍾乳洞。鍾乳石の数は100万本以上で国内最多。全長は5000mで国内最大級。はい、天然記念物!!

珊瑚を主成分とした琉球石灰岩で出来ており、3年に1mmというスピードで成長する。成長が早い理由は、まさしく沖縄の気候が影響。熱帯、亜熱帯地方の気候は、多量の雨水をもたらし、土中の微生物は、暖かい地域のほうが活発に活動するので、より多くの二酸化炭素を排出。雨水はその二酸化炭素を取り込んで弱酸性となり、石灰岩を溶かしこんでいく。最後に雨水は洞窟の空間へと染み出し、水と石灰岩の成分が分解して鍾乳石が形づかれていく・・・。

薄暗くてよく見えない洞窟内をそろそろ進むと、化石の広場、みがわり観音、地中ロケット、大仏御殿・・・などなど名がついた鍾乳石がにょきにゅきと現われる。確かにすごい数でスケールが大きい。ここを訪れるのは二度目だが、今回はより目をみはる規模の鍾乳石が多いと思える。この見学コースは玉泉洞の一部だから、そう、何処かで散らばって、なお成長している鍾乳石の騒めきが聞こえてくるよう〜。

入り口前の広場に、ハイピスカスが美しく咲き誇っている。やっぱり南国の花は明るくていいなぁ!!さあ、次は青い海、海中のお魚さんを見つめよう〜。小刻みな波のうちに泳ぐお魚さんに合図をしょう。今、あなたを求めてやってきましたよ・・・って。

_0665

140223__0347_s

歓会門(かんかいもん)

140223__0343_s
漏刻門(ろうこくもん)

140223__0340_s
瑞泉門(ずいせんもん)

140223__0310_s
湧き水「龍樋(りゅうひ)」

140223__1347_s
万国津梁の鐘(ばんこくしんりょうのかね)

140223__1342_s
広福門(こうふくもん)

140223__0337_s
広福門
140223__1337_s
 正殿(展望台より)

060112_okinawa044_s
正殿

140223__0322_s
奉心門前にて
060112_okinawa039_s
正殿の内部(2006,1,12撮影)

140223__1340_s
正殿

140223__1351_s
木挽門(きびきもん)

140223__1324_s
首里森御嶽(すいむいたき)

140223__1332_s
御庭

140223__1336_s

140223__1335_s
御庭からの眺望

140223__1356_s

140223__1357_s

140223__1371_s
鍾乳洞の玉泉洞
140223__0369_s

140223__0376_s

140223__1381_s

140223__1390_s

140223__1396_s

140223__1403_s

140223__1408_s

140223__1417_s

140223__1370_s

140223__1421_s

(次回の更新は3月12日の予定です)

 

posted by 森 すえ at 05:47| Comment(10) | TrackBack(0) | お出かけ・旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月05日

沖縄への旅(その2)琉宮城蝶々園〜海洋博公園へ

_0669

次なる訪問地は「備瀬(びせ)のフクギ並木」。
フクギとはオトギリソウ科で台湾〜フィリピンが原産地の常緑高木だが、高いものは20m 近くにもなり、ここ備瀬のフクギは、防風林として風や日差しから集落を守っている。樹木のうえには太陽の反射が描かれ眩しいが、一歩フクギ並木道に入るとうそのように涼しい。そう、木漏れ日が心地よい。所々に沖縄の古民家があったり、ヤギの鳴き声が聞こえたり、瓦屋根の上のシーサーを見つめたりと、まるで夢の空間にいるよう〜。
シーサーとは、沖縄どでみられる伝説の獣の像だが、建物の門や屋根、村落の高台などに据え付けられ、家や人、村に災いをもたらす悪霊を追い払う魔除け。なんとも愛嬌あるシーサー!

さあGO−!次の見所は「琉宮城蝶々園」。よく考えると、今回の観光コースは、8年前、沖縄旅行をしたコースとほぼ同じって思える。この蝶々園にも訪れているし・・・。私は思う。沖縄の名所旧跡って、おおむねこのようなものかもね。しかし、年月と共にそれぞれに創意工夫がなされ、一回り大きな見所としての輪が描かれている。そこに、私たちは南国情緒の安らぎを求め、慕っているのかも・・・。

琉宮城蝶々園では、亜熱帯の植物や最大の蝶々、オオゴマダラを見ることができるが、蝶数がとても多く、ハウス内を乱舞する様にびっくりする。見れば、オオゴマダラは赤色ブーゲンビリアがお気に入りのよう〜。まるで花の鎖につながれているみたい。離れない、じっとして離れない!わぉ〜、ハウスの外でもいっぱい可憐な花が「こっちへ飛んできて」って呼びかけているのにね〜。

蝶々園でランチタイム。「チキンまぶしセット」を美味しく頂いたあと、海洋博公園へと向かう。
昭和50 年に開催された沖縄国際海洋博覧会を記念して、昭和51 年8 月に博覧会跡地に設置された国営公園でとても広い。公園内には「美ら海水族館」をはじめ様々な施設があり、1 日あっても遊びきれないほど。特に「美ら海水族館」の規模はスゴイ。大水槽の圧倒的水量もさることながら、それ以上に、ここにしかないものが沢山ある。そのひとつが大水槽にいるサメ類で、そのサメの餌付けが見もの。そうそ、3時からサメの餌付けショウーが始まるので、絶対、絶対見逃さないようにしょう・・・!!

先ず、イルカショー会場へ。イルカを間近で観察することができるので楽しい。ショウを見るのは無料だから、地元の人たちが多勢いる。まもなくイルカが登場し、飛んだり跳ねたり、頭に輪を載せたり、ひれで拍手したりと芸達者に感心ひとしきり。もっと見たいところだが、今日はサメ、サメの餌付けを見逃すわけにはいかない。急いでサッサ、サッサ・・・サメへと気持ちが流れゆく・・・

さあ、サメの餌付けの時間がやってきた!サメ水槽にすりつぶした魚が投入される。うおお〜、餌に近づいたサメは胴体を垂直に立て、餌を吸い込むように飲み込んでいる。シノノメサカタザメとイタチザメかな?よくわからないが、まだ子どものよう。でも巨体!!水槽を泳ぐ姿からは、凶悪な人食いザメという印象はまるでないが、やはり巨体。サメが食べ残した餌を、2匹のエイが思い切り食べている。が水槽にはまだまだたっぷり餌が浮いている。聞けば、サメって食いだめをするそうで、気が向いた時に気が向いた量を食べるとか。だが、いつ気が向くか分からないので、給餌は毎日行われるらしい。ほんに気難しいサメさん。

まさにコバルトブルーの海深くもぐりこんだような海洋博公園である。黒潮に恵まれた沖縄の海、底では、人の創造をはるかに越えた雄大な命の恵みが繰り広げられているが、この地上で、私はその海の生を、今、ありのままに見れたのが嬉しい!
その夜、覇市内のホテルで宿泊。ビルの谷間で真っ赤な夕陽が輝いていた・・・。

_0665

140222__1172_s
備瀬(びせ)のフクギ並木で見かけたシーサー

140222__0158_s
 備瀬(びせ)のフクギ並木

140222__1177_s

140222__1204_s
琉宮城蝶々園

140222__1203_s

140222__1209_s

140222__1210_s

140222__1207_s

140222__0172_s

140222__0174_s

140222__1211_s

140222__1218_s

140222__1214_s

140222__1196_s
チキンまぶしセット

140222__0272_s
沖縄海洋博公園

140222__0274_s

140222__0227_s
美ら海水族館・イルカショウ

140222__0197_s

140222__0205_s

140222__0233_s

140222__1239_s

140222__0247_s
水槽のサメ

140222__0250_s
サメの餌付け
140222__1255_s

140222__0188_s

140223__1286_s_2

那覇の夕陽


(次回の更新は3月8日の予定です)

posted by 森 すえ at 05:32| Comment(8) | TrackBack(0) | お出かけ・旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする

2014年03月02日

沖縄への旅(その1)那覇へ

_0667

旅といえば、先だって青森に出かけ、八甲田山や十和田の氷美に酔い、それが静かに燃えつき自分のなかへ沈んでゆくのを感じたのだった。・・・そして今、青い空、青い海に憧れを抱き、遂に南国へと・・・。
2月下旬、羽田空港から沖縄へ飛ぶ。今回の旅はツアー。そう〜多勢の仲間との楽しい旅である。夕刻、那覇市内のレストランで「白身魚うに風味小海老とホタテの貝柱鉄板焼」を味わい、わぉ〜これぞ南国沖縄の風味と大満足!その夜は北中城村で宿泊。

二日目、青い空に迎えられた朝、ハイピスカス、メイフラワー、ノアサガオが微笑む庭をぐるりと散策。明るい陽射し、鮮やかな色合いの花に囲まれ、ああ私は大空の光の果てに立っているんだ〜と実感しながら朝食へ。その後、第一観光地の「勝連城跡」へと向かう。

勝連城跡は、琉球王国が安定していく過程で、国王に最期まで抵抗した有力按司(あじ)阿麻和利が住んでいた城として有名で、沖縄の城の中でも最も古く12 世紀頃。現在の規模になったのは14 世紀頃とされる。阿麻和利は、護佐丸を滅ぼした後、さらに琉球統一をめざし、国王の居城である首里城を攻めたが落城して滅びる。繁栄、そして衰退・・・時は15世紀勝連のロマンが繰り広げられた歴史が、今、歩く私たちの足元にある・・・。

さあ、石造りの急な階段を登って城の最上部(一の曲輪くるわ)まで行こう〜。険しいところもあるので注意をしながらエッチラ、エッチラ・・そうそ、少々体力が必要とする石段である。
最上部から眺めると、北は金武湾を囲む北部の山々や離島がバッチリ見え、南は知念半島や久高島が一望できる景勝地。歴史を鑑みると風景も幻想的に映り、遠き昔に栄えた琉球王国に想いを馳せる。それにしてもなんと青い海に空なんだろう。この晴天がいつまでも続くことを願いつつ海中道路へと進む・・・

海中道路は全長約5kmで通行無料の道路。本島から浜比嘉島、平安座島、宮城島、伊計島へアクセスする道路として重要だが、造られた目的も、平安座島にある石油基地と本島のアクセスを容易にするため。海中道路と聞くと「海の中にある道路」のイメージ。そう、海底トンネルを想像するが、ここでは海を埋め立てて造られた道路を海中道路と言う。道路はほぼ直線で両サイドには海が輝き、道路沿いには砂浜が広がる。地元の人が海水浴やマリンスポーツを楽しんだり、爽快なドライブができる素晴らしい道路である。さあ、道の駅で珍しい「もずくの天ぷら」を頂こう〜、そして「ナゴヤパイナップルパーク」ヘGO−!!

ヤッホ!ナゴパイナップルパークに到着!!あっちを見ても、こっちを眺めてもパイナップル畑。そう、ここはパイナップル王国。では、自動で動くかわいいパイナップル号に乗って畑や熱帯園をじっくり見学しよう。
パイナップル号のスピーカーからパイナップルや亜熱帯の木々についての説明が流れてくるので・・・わかりやすい!!一応ハンドルは着いているが操作不可。花たちに惹かれること10 分。はい終了。

風がひろびろと吹き渡る花畑に気持ちを残し、貝類展示館へ。パイナップルパークなのに貝殻?という疑問はさておき、きれいな貝殻など見て癒される。いよいよ試食・試飲コーナ。パイナップルが食べ放題、パイナップルワインも飲み放題!・・・と色々とあるが、私の好みは絞りたてサトウキビジュース。ミネラルたっぷりで天然のアルカリ性。中性脂肪抑制、老化防止、メタポ改善、ストレス解消など、腎臓の働きを補う最適な飲み物らしい〜。コップ一杯、うお〜、やはり甘いよ〜。

_0665

140223__1367_s
ハイピスカス

140222__1036_s
メイフラワー

140222__1043_s
ノアサガオ
140222__0069_s
勝連城跡
140222__0051_s

140222__0065_s

140222__0074_s_2

140222__1054_s

140222__0071_s

140222__1069_s_2

140222__1068_s
遠景に海中道路が見える

140222__1082_s
海中道路

140222__1080_s
海中道路の中間点からの眺め

140222__1084_s

海中道路中間点からの眺め

140222__1077_s
海中道路の道の駅

140222__1088_s
もずくのてんぷら

140222__0145_s
ナゴパイナップルパーク

140222__1108_s

140222__1103_s

140222__1142_s

140222__0132_s

140222__0133_s

140222__1155_s

140222__1164_s
サトウキビジュース機

140222__1125_s
(次回の更新は3月5日水曜日の予定です)

posted by 森 すえ at 05:38| Comment(12) | TrackBack(0) | お出かけ・旅 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする